音楽的な箱推しは沼であるという考察
特定のアーティストを好きになったとする。
すると、そのアーティストの中でも、特定の誰かがより好きになる。
そんなことがわりとよくある。
ファンではない人からすると、「全員一緒じゃね?」と思われそうなMAN WITH A MISSIONのメンバー各位だって、しっかりとそれぞれ個性が違っており、メンバーごとの「好き」の濃淡が違うファンもいる。(見た目という話もあるし、バンドとしての役割も違うという話もある)
ちなみに、バンドであれ、グループであれ、多人数でチームを組んでクリエイティブを発揮している場合、わりと各々のルーツとか個性ってはっきりと違う。
MAN WITH A MISSIONのように見た目だけでははっきりとはルーツの違いがわからなさそうなタイプもいれば、THE ALFEEのように見た目だけでも個々のルーツの違いを感じさせるタイプもいる。
そして、好きの濃淡が明確になると、そのルーツの違いに影響を受ける。
そういうケースもある。
しかしながら、特定の誰かを好きでいるときっかんを一定数過ごしていくと、当然そのアーティストそのものの好き度も深まっていく。
バンドであれ、グループであれ、多人数でチームを組んでクリエイティブを発揮している場合、確かに個々でルーツはあることは認識しつつも、実は活動をしていく中でお互いがお互いに影響を受けていたり、一面的なルーツだけで活動しているわけではないことを知る。
もともとのルーツはゴリゴリな様式美のハードロックから入ったという人も、実はフォークソング的な嗜みも持っていて、アウトプットを形成する中で様々な音楽ジャンルの影響を受けているということが多い。
YOASOBI然り、Official髭男dism然り、ソングライターはもともとメタルが好きだったと公言しているが、これまでのアウトプットをみていると、メタルに影響を受けている楽曲もある一方で、複合的なカルチャーの空気を感じさせるものが多く、それはここに至るまでの様々な活動で蓄積された経験やインプットが大きな影響を与えるのだろうと考えられる。
くるりのように、周期ごとに明確に「今、このジャンルに傾倒しているな」が見え隠れするタイプのアーティストもいて、なんならそういう変化が面白さに繋がっているケースも多い。
そして、特定の誰かを好きでいる場合、その人のルーツにどんどん興味も持つし、こういう「変化」の部分にもどんどん興味を持つし、なんならそのアーティスト全体の色をどんどん吸収していく、みたいな楽しさに触れることになる。
余談だが、もともとは見た目でファンになったアーティストだったが、そこからそのアーティストのジャンル、例えばファンクだったり、ジャズだったり、ヒップホップだったりに、どっぷり入り込んで、音楽性の幅が広がって、結果、好きな音楽が広がるみたいな話もある。
まとめに替えて
だからこそ、アーティストを「推す」というのは、面白いのだ。
ひとつの切り口で語ることができない。
むしろ、どんどん語りたくなる切り口が増える心地。
だからこそ、音楽的な推し活は、ある種、沼なのだ。
そんなことをふと感じる、そんな華の金曜日。