新曲を聴いて僕はBUMP OF CHICKENに失望した
BUMP OF CHICKENの「Aurora」の話
ごめんなさい。
ぶっちゃけ、BUMP OF CHICKENの「Aurora」を聴いたとき、最初タイトルにあるようなことを感じた。
いやーね、この楽曲ってドラマの書き下ろしなわけでしょ?
僕はドラマを観ていないので、作品とドラマのリンクがどれほどのものなのかはわからない。
けれど、BUMPの歌を聴くと、思うことがひとつあるのだ。
どんなタイアップであれ、決して「BUMP的な歌詞」からは1mmもはみ出さないよなーと。
だから、仮にタイアップのことを思い描いて言葉にしていたとしても、内面描写を丁寧に描く、いつものBUMPの歌詞世界が広がっているように見えたのだ。
これって言い換えれば、いつも通りだよねーというふうにも言える。
聴いたことのある単語で、聴いたことのあるモチーフを、聴いたことのあるコード進行で、聴いたことがある感じで平然と歌いこなしているわけで。
この曲を聴いた当初、僕はそれにつまらなさを覚え、勝手に失望したのだ。
ただこれって、ある意味ではビールなんかと一緒なのかなーなんて思ったりする。
ほら。ビールを飲みたい時にビールに求める役割って最初から決まっているわけじゃん?
「のどごし」とか「爽快感」とか、なんかそういう類のものを求めているわけじゃん?
少なくとも「甘さ」とか、そういう類のものは期待していないわけじゃん?
ビールにはビールとして望んでいるものが必ずあって、そうじゃなかったらビール以外のお酒を飲むわけで。
そして、ビールはいつだってその期待を裏切らずに、ビールリスナーが望んでいる価値提供を確実にしてくれる。
BUMPの音楽も、そういうものに似ているような気がするのだ。
熱心なファンなら怒るかもしれないが、僕は近年のBUMP作品には、金太郎飴的なものを感じている。
つまり、個人的にBUMPの音楽に「革命的なもの」「新しいもの」を感じることが少ないのだ。
だから、ドキドキを覚えることは少ないし、悪い言い方をすれば、想像の範疇を超える音楽体験を感じることは少ない。
けれど。
だからこその、味わい深さや感動があることも同時に教えてくれる。
それは間違いない。
ビールと同じように、きちんと僕たちが今のBUMPに望んでいる音を形にしてくれる。
あえてそれを言葉にするならば、それはまるで実家に帰ってきたような安心感。
ほっとする心地を覚えるというか、安らぎに似た感情を覚えるというか。
優しすぎて汚いものを全て浄化するようなボーカルの声。
そのボーカルを丁寧に彩っていくサウンド。
妖精のように美しいバンドの音が、実に嫌味なく、自分の身体に溶け込んでくるのである。
いつも通りと思っていても。いや、そうだとわかっているからこそ、安心してその音を受け入れることができるのだ。
BUMPの音楽には、そういう不思議な魅力が宿っている。
毎回、同じようなモチーフと単語で彩られた歌詞なはずなのに、フレーズが積み上がると、その言葉たちは羽根を持って、心の中に入り込んで輝き出すのだ。
白状しよう。
聴き始めの頃は文句を言っていたはず僕は、今作も、過去作品と同じように、気がついたらいつのまにかその曲をヘビロテしてしまっていた。
クレヨンを重要なモチーフにした「Aurora」という、この歌。
いつものBUMPのお家芸がたくさん詰め込まれた、とてもとても優しい一曲。
今では、とても大好きな一曲である。
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