序章 ── 新しいラブソングのかたち
2025年8月にリリースされた「Love Like This」は、全編英語詞の意欲的な作品だ。『Roskilde Festival』(デンマーク)、『NN North Sea Jazz Festival』(オランダ)、『Montreux Jazz Festival』(スイス)といったフェスで披露したことでも話題を集めた作品で、”世界”を視座に入れた藤井風だからこそのラブソングを作り上げた印象を受ける。
この記事では、そんな「Love Like This」について、自分なりの言葉で感想を書いてみたい。
第 1 章 サウンド軸の話
イントロのコード進行から、その渋さを感じることになる。
和音で構成されたシンプルな展開なんだけど、そのハーモニーを奏でる楽器の音色や、そのコードをチョイスするという音の響きだけで、「ここからただならない歌が始まる」の予感を作り上げる。冒頭はシンプルに楽曲が始まるからこそ、聴こえる部分での途方もないこだわりを実感する。
ビートとしてみるとミディアム調の展開で、ビートメイクそのものでトリッキーに聴かせるという歌の展開にはなっていない。だからこそ、藤井風の歌の円熟みをダイレクトに感じることになる。
楽曲開始から34秒ほどで藤井風のボーカルが合流してくるが、良い意味でサウンドと調和しすぎている。歌の世界観への寄り添いが半端なくて、触り心地が良すぎる肌着のように「そこにいつあったか気づかなかった」くらいの心地よさでもって、藤井風のボーカルがカットインするのだ。
藤井風のボーカルが入ってからのサウンドの塩梅も絶妙で、ドラムのキックとスネアの響きも絶妙に柔らかくて、ボーカルとサウンドの調和が美しい。だからこそ、厳かな雰囲気もあるし、どことない多幸感も歌の中で作り上げることができるのだと思う。
おそらく耳で聴く分にはこの歌って比較的シンプルな作りにはなっているんだけど、トラックの組み方自体は相当に細かいものになっており、ボーカルの展開に合わせて「空間の中で鳴る音」は調整されているのだと思う。
だからこそ、ボーカルはサウンドと溶け合うように存在するし、でもボーカルの存在は一切損なわれることなく、突き抜ける輝きを解き放っている印象である。
第 2 章 ボーカル軸の話
先ほども少しボーカルの魅力について触れたけれど、やっぱり「Love Like This」においては、藤井風のボーカルの柔らかさが大いなる魅力になっていると思う。
甘さ95%でありながら、本当の本当に微妙にハスキーな雰囲気も歌声の中ににじませている感じがあって、だからこそ歌の中には渋みのようなものも生まれており、聴け聴くほどに歌の奥深さを体感することになる。
また、英語歌詞であることのナチュラル感も素晴らしい。
日本人アーティストが英語を歌う場合、どうしても日本語の文脈で英語の歌を歌っている感が際立つけれど、藤井風の場合、そういう違和感が一切ないのだ。言語に対して、藤井風のボーカルが寄り添っているというか。先ほど「Love Like This」のボーカルはサウンドに寄り添っているという話があったが、言語という観点においても、その調和の完成度が際立っている。
この辺りはボーカルをマネジメントする力が素晴らしい藤井風だからこそ成せる技であるように思うし、リズムとメロディーの乗りこなし方があまりにもナチュラルかつ天才的だからこその音の響きであるように感じる。
また、メロディーとしてはきちんとなぞれていても、耳に入るとチクチクするようなボーカルが多い(無理して高音を出していたりすると感じることがある)が、藤井風の場合、この耳に入れたときの心地よさが半端ないのも特徴だ。
第 3 章 歌詞軸の話─英語詞と日本語翻訳からの想像
自分の母国語の歌詞ではないため、あまり細かなニュアンスを取り上げるのはちょっとむずいのだが、印象的な歌詞だったのはここ。
Thank you
wherever I go I feel you…
ざっくりと愛を歌っているということは想起できるし、確かにこの歌はラブソングではあるんだけど、安易な恋愛ソングではないんだろうなあと想像を受ける。
もっと大きな意味での愛というか。
もっと視点がグローバルというか。
近年の藤井風は自身の哲学をしかるべき形で歌詞に反映させている印象だが、「Love Like This」においても、フレーズのひとつひとつを想像すると、そういう空間を想像したくなるのである。
なにより、メロディーに対するそれぞれのフレーズの染み込み具合がえぐい。めっちゃ汗を吸うタイプのスポンジくらい、歌詞がメロディーの中に溶け込んでいるのが印象的である。
もともと英語歌詞はメロディーに馴染みやすいものではあるんだけど、それを超越したような染み込み具合を覚えることになる。
さらにフレーズをみていくと、ミニマムで必要のあるフレーズだけを凝縮した印象で、だからこそ愛というストレートなテーマが残り続けるという感じもある。
まとめに替えて
サウンド、ボーカル、歌詞という3つのキーワードを切り口にして、藤井風の「Love Like This」の気になっている魅力を掘り下げてみた。
今の藤井風だからこそ書ける愛だと思うし、普遍的なテーマでありながら藤井風にしか歌えないラブソングであるように強く感じた。
何もかもに優しく、寄り添うようなパフォーマンスを与えてくれる藤井風だからこその柔らかさ。
今はただ、じっとりと「Love Like This」の魅力を耽溺したい。
そんなことを思う次第。