ニューシングル「望遠のマーチ」をリリースしたことで慌ただしくなってきたBUMP OF CHICKENまわりの動き。
BUMPが活発に動くのは良いことだ。素直に嬉しい。新しい情報が届くたびに、やっぱりテンションが上がる。
新曲にはこれまでの曲を思い出すところもあるんだけど、それでも聴いていると良き!ってなる。藤くんは尊い。BUMPメンバーみんな尊い。
ただ、同じバンドが好きでも、SNSでの盛り上がり方に温度差を感じることがある。
ここで書きたいのは、その温度差の話である。BUMPファン全体の性格を語れるわけではないし、自分の楽しみ方が正解だと言いたいわけでもない。
同じバンドが好きでも、見たいものは違う
昔から聴いている僕にとって、最近のBUMPは、より多くの人に届くポップさを持ったバンドに感じられる。そこは素直に良いことだと思うし、最近の曲も好きだ。
一方で、「COSMONAUT」で聴けた複雑なリズムの面白さを、もっと味わいたい気持ちもある。音数やアレンジの違いだけでなく、バンドの演奏そのものに驚かされたい、というか。
こういう好みの話をしたいときもあれば、メンバーの写真を見てただ喜びたいときもある。自分の中にだって、両方あるのだ。
けれど、SNSで目に入る反応が自分の今の気分と違う方向に盛り上がっていると、ちょっと置いていかれたような気持ちになる。
そこから相手の年齢や性別、ファン歴の話に飛躍してしまうと、ただの決めつけになってしまう。自分が戸惑っているのは、目の前の反応と自分の関心との距離なのだと思う。
リプライでも、音楽の話をしたい
例えば、CHAMAが音楽を紹介した投稿を見ると、僕はその音楽を聴いてどう感じたかという話を読みたくなる。
そこで、投稿の内容とはあまり関係のない愛情表現ばかりが目に入ると、少し物足りなく感じることがある。もちろん、応援を伝えたい気持ちもわかる。
ただ、せっかく音楽の話題が出ているなら、その音に反応するやりとりがもっとあってもいいのになー、とは思うわけだ。
とはいえ、「後で聴きます」と書いた人が実際に聴いたかどうかは、僕にはわからない。返信だけを見て、その人の熱意や行動まで判断することはできない。
同じように、昔の曲を知らないからといって、今のBUMPへの愛情まで薄いとは言えない。ぬいぐるみを連れてライブに行くことも、写真を楽しむことも、それぞれの楽しみ方だ。
自分の好きな曲を知ってほしいなら、「それも知らないの?」ではなく、「これも良いよ」と勧めればいい。たぶん、その方が僕のしたい音楽の話に近づく。
好きだからこそ、距離感も考えたい
作品への感想や批評まで、全部「好きなら褒めるべき」で片づけられると、僕は窮屈に感じる。
でも、批評のつもりでファンそのものを悪く言ってしまえば、反発が返ってくるのも当然だ。楽曲について何を感じたかと、その曲を好きな人がどういう人かは、別の話なのである。
メンバーの写真を楽しむことと、作品について真剣に語ることだって、どちらか一つを選ぶ必要はない。
そういう距離感を忘れずに、自分の好きなBUMPの話をしていきたい。SNSのテンションに疲れたときは、少し画面を閉じて曲を聴く。それくらいでもいいのかもしれない。
……などと言いながら、ニコルのアイコンで毎日のようにBUMPの話をしている僕なのでした。まず自分の熱量との付き合い方から、ですね。
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アラサーです。首がもげるほど頷きながら読みました(笑)
ディスコグラフィー追わないは、パスファインダーのツアーでpinkieをやったときに強く実感しました。初日にこの曲が始まったときのえっ?新曲??みたいな空気には本当にびっくりしました。からの、あいちゅんストアで突然のランクアップ。
曲を全て知っていることが偉いとは思わないけれど、知ろうとせず調べようともしない人たちほど主張は激しく声も大きいので辟易します。
言いたいことはすごくよくわかる。あのクソリプに違和感を感じるのが僕だけじゃなくてよかった。
ただ…記事の書き手がBUMPファンなのかアンチなのかが謎w
分かります。リプ欄に溢れる絵文字だけで半分以上使ってんじゃねっていうラブレターとかもうお腹いっぱい。リプライって知ってます?って感じ。余りにも的確な記事だったのでコメントしました。でもこれを彼らが読むことはないんだろうなぁ… ウケる