フェスの感想が、演者より観客のことばかりになる件

SNSでライブの感想を眺めていると、「演者」についてよりも「観客」についての感想のほうがバズっていることが多い。

やれ邦楽ファンのノり方は盆踊りみたいだとか、やれ洋楽ファンはすぐ撮影ばかりしてマナーがなっていないとか。

今年のサマソニも例に漏れずで、ライブが終わるやいなやタイムラインには「スマホを掲げている客が多すぎて見えない」「表拍に合わせて人差し指を前後させるあの動きは盆踊りだ、洋楽は裏拍だ」みたいなポストが並んだ。しまいには「周りの客を小馬鹿にする系のポストがきめえ」「そんなに他の客を見て楽しいか」という、客への感想への感想までバズっていた。

それぞれの言い分を取り出してみれば「まあ、わかる」と思うものも多いし、このブログでもそういうトピックについて意見を書いたことは何度もある。SNSの特性上、特定の事象をネガった物言いのほうがバズりやすく、そういう言葉ばかりが目につきやすいという事情もあるだろう。

ただ、そういう諸々を踏まえたうえで、思うのだ。

みんな、他人への関心が強すぎるでしょ、と。

フェスにおいて、アーティストの感想よりも客への感想のほうがたくさん目につくのだとしたら、やっぱり正常ではないよなーと思ってしまう。サマソニなんて2万円払って観にいくイベントである。2万円といえば高級なコースディナーが食べられるくらいの金額で、それだけ払っておいて他人にいっちょかみして帰るのだとしたら、なんとまあ贅沢な金の使い方だよ、という話。

まあ、それだけお金を払っているからこそ、他人の行動のひとつひとつが気になってしまうという側面もあるのかもしれない。けれど、「他人の気に食わないところ」が最大のコンテンツになっている人がいるとしたら、やっぱり健全ではないよなーと思うわけだ。

昔読んだ本に、人間の最大の欲望は「人をコントロールすること」だ、と書いてあった。正義の側に立った人が悪の側を糾弾するときにいちばん脳汁が出る……みたいな話をよく見聞きするけれど、その根底にあるのもまた「人をコントロールしたい」という欲望なのだと思う。

世の中にたくさんある罪状の根っこにもこの欲望があるように思うし、もっと言えば、バンドマンがステージに立ちたい、自分が良いと思う作品を広めたいという欲望の根底にもこれはある。洋楽ファンが邦楽ファンにマウントを取りたくなる、その根っこにもこの思いがうっすらとあるように思うのだ。

だからこそ人は過剰なまでに他人に関心を持ってしまうし、フェスの感想は演者の素晴らしいライブ以上に「観客がどうだったか?」にスポットが当たってしまう。

そんな風に思うのである。

もちろん、本当にダメな行いをしている人に対して、然るべきレベルの糾弾が必要なケースはある。そういうときは見て見ぬふりをせず、しっかりとその相手に言葉を投げかけるべきだと思う。

でも、アーティストのライブをどうノるのか、みたいな話って、ぶっちゃけ「好きにしたらええやん」と思うんだよなー。

いや、個々に理想のノり方があるのはすごく理解できるし、自分の中にもうっすらとあるとは思う。感度の高いオーディエンスが集まったライブの多幸感が半端ないことも知っている。

けれど、それを差し引いても、みんな必要以上に他人に関心を持ちすぎだと思うし、「人をコントロールしたい」という根底の欲望がついつい肥大化しているのではないか? なんてことを思うのである。

……なんてことを書いたこの文章もまた、うっすらと人の何かに介入したいという欲望がまぶされた駄文になっているのかもしれない。切腹。