なきごとの『マジックアワー』epの感想

メジャーデビューになると、どうしてもタイアップを踏まえて作品を作ることが増えていく。

だから、一曲単位の密度や豪華さは磨かれたとしても、epとかアルバムという単位での作品性や物語性は削がれていく。

そんなケースが多い印象を受ける。

特に最近の音楽シーンはパッケージとしての作品ではなく、一曲単位でどんどんサブスクで発信することがトレンドになっている。

結果、どうしても作品性や物語性の優先度は下がっている印象を受ける。

もちろん、強度の高い楽曲がスピード感をもって配信されるのは、リスナーとして嬉しい部分もある。

でも、アルバムやepとしての流れや物語性を堪能することが好きな人間としては、そういうものがあまり見えない作品ばかりになると、ちょっと寂しさを覚える。

そう考えたとき、なきごとの『マジックアワー』epは「epとしての作品性の高さや物語性、あるいは楽曲がこの並びであることの意味性」をたっぷり感じられる作品な気がして、個人的にお気に入りなのである。

深読みかもしれないけれど、そんな気分になるのはなぜか?

そういう視点で、自分なりのなきごとの『マジックアワー』の感想を書いてみたい。

タイトルと楽曲の並びの繋がり

epのタイトルになっている「マジックアワー」とは、日の出前後と日没前後の短い時間帯で、空が魔法のように美しい色に染まる現象のことを指す言葉らしい。写真などでは、幻想的に撮影されるこのマジックアワー。

epを聴いていると、このepの中でそれこそマジックアワーのような、日の出と日没の短い時間のような、でも確かに何かが変わる瞬間の、幻想的なその一瞬を描いているような印象を受けた。

各楽曲のタイトルをみても、意図的にそういう変化を想定したものになっている印象を受ける。

なんせ、epの1曲目が「短夜」で、epの最後の楽曲が「明け方の海夜風」だ。

epのタイトルを時系列に沿うならば、

夜→明け方

という短い時間を描いていることになり、まさにマジックアワーにあたる時間が歌の軸を担っていることを感じる。

まあ、楽曲を聴いてみると、別にこの5曲は同一人物が主人公であり、同じ物語を連続的に描いているわけではないとは思う。

が、epの並びで作品を聴く意味性を感じさせる辺りに、なきごととしてのセンスを感じる自分がいるのだった。

「短夜」とか「明け方の海夜風」の話

そのうえで、なんとなく「短夜」は恋愛ソングっぽいフレーズで構成しながらも、それはメタファーとして捉えることもできるように感じた。

例えば、これまでの感謝をファンへの目配せをしている楽曲の印象を受けたのだ。

というのも、「短夜」に出てくる<あなた>は色んなあなたを代入できる。

そのため色んな聴き方をすることができるんだけど、そこに今その音楽を聞いている聞き手を代入したときに、色々とすっと入り込むようなフレーズになっている気がしたのだ。

しかも、夜を感じさせられる穏やかかつ空間を包み込むようなギターのアレンジが、なきごとっぽさを感じさせる。

これまでの楽曲もそうだけど、しかるべき形でサウンドがリバーヴしていると、なきごとっぽいロックを感じる。

そして、楽曲のキーとなるパートでは空間と溶け合うように幻想的にギターが響くからこそ、冒頭とラストのパワーコードをミュートする音の対比も印象深く耳に残る。

歌の強度が高い、洗練されたメロディーだから、色んなアレンジがありえた中で、なきごとだからこそ描くことができる美しさを展開したこのギターロック。

そういうなきごとらしさがサウンドで響くからこそ、歌のメッセージにもより特別な何かを想像する自分がいたのだった。

まあ、そんな御託はさておき、この歌、自分的にはとにかくツボだった。

自分のなきごとが好きな要素が詰まったようなサウンドだったから。

閑話休題

「0.2」は、なきごとらしいユーモア感と、爆発的なギターロックとしての疾走感が組み合わさった楽曲である。

水上えみりのソングライティングと凛とした歌声、岡田安未の多彩なフレーズや奏法を惜しみなく展開する感じが良い。

寄り添うような優しい歌もなきごとらしさを感じる一方で、こういうアグレッシブな歌突き抜けた<らしさ>を放り込んでくるのが良い。

この音に、このフレーズ…!

むぐぐ…!良いっ!という感じ。

閑話休題。

「愛才」はchef’sの高田真路が編曲を担当したということで、サウンドとしての情報量が凄まじいし、キラキラの中で変化球を放り込んでくるような隙のなさがある。

ポップでもあり、ロックでもあり、歌としての強さもあるし、サウンドの面白さもありで秀逸。

…なんて感じでepを堪能していると、その果てにあるのが「明け方の海夜風」なのである。

そして、ここで今回のepの中でも屈指のインパクトのあるフレーズが飛び込んでくる。

幸せの副産物 絶望も一緒に抱く

この切れ味。この鋭さ。なきごとの音楽を聴いている興奮の中にある。

ポジティブなネガティブをこういう並び方で描きつつ、しかもそれがちゃんと優しいものになるのは、なきごとだからこそ。

かつ、この歌も色んな想像で聴くことができる物語性のある楽曲だけど、個人的には「短夜」がこれまでの感謝がベースにある歌だと感じていて、「明け方の海夜風」はこれからの決意がベースにある歌のように感じた。

そう考えたとき、なきごとというバンド名のルーツにもあるように、このフレーズが繋がった印象を受けた。

まとめに替えて

・・・という感じで、何の根拠もなく自分が思ったことをだらっと書いてみたんだけど、なきごとの歌、とにかく自分的にツボすぎるという、その一点に尽きる。

「短夜」なんて、何パターンの「あ」の表情を出すんだよ、最強カメレオン女優も真っ青の様々なトーンの「あ」が堪能できるのが良い。

ボーカルの表現力が素晴らしい。

しかも、そういうボーカルと組み合わさるのがわをなきごとらしい幻想的なギターロックっていう展開なのも痺れるのだ。組み合わせ、最高すぎる。

あと、水上えみりの楽曲は言葉のアプローチもメロディーアプローチもシンプルにツボなので、epを聴くと飛ばすことなく、5曲突き抜けてしまうというところがある。ちょっと1曲聴くだけ・・・のつもりで、簡単に沼に引きずり込まれてしまう。

そして、どの楽曲も通じて、なきごとはギターのフレーズが気持ち良い。とにかく胸に残る。岡田安未の引き出しの多さと、ギタリストとしての表現力が為せる技なんだろうなーとつくづく思う。

水上えみりと岡田安未のふたりのバランスは今作も冴え渡っていたし、これまでの作品とコアの部分で繋がりを感じながら、ここからさらに新しい章に突入する予感も感じていた。

そして、この音楽体験もまた、マジックアワーのように、短い時間なんだけど、何にも代えがたい劇的なものであると感じている今。

ひとつひとつの楽曲もいいんだけど、epだからこその体験だなーとしみじみする、そんな一瞬。