ずっと真夜中でいいのに。がヤバイ件

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皆さん、ずっと真夜中でいいのに。に対してどういうイメージを持っているだろうか。

人によってはYOASOBIとかと同じ系統のアーティストでしょ、と思っているかもしれない。

確かに登場してきた当初は、両アーティストで比べられることもあった。

なぜなら、ともに匿名的なアーティストだったから。

なぜなら、ともに「夜」をアーティスト名にしたためていたから。

なぜなら、アニメ絵のMVが印象的だったから。

なぜなら、女性ボーカルのアーティストだったから。

そのために、<同じ系統のアーティスト>として見られることもあったのだと思う。

ただ、2022年の今、二組の活動をそれなりに知っている人であれば、この二組を<同じ>くくりとして入れる人は少ないのではないだろうか。

YOASOBIはメディア露出を積極的に行うようになって、国民的な人気を勝ち取るようになったし、ずっと真夜中でいいのに。も精力的にライブ活動を行うようになったことで、まったく別々の道を辿っている。

まあ、そういうことを差し置いても、ずっと真夜中でいいのに。って独特の立ち位置だよなあと思う。

ずとまよはACAねを中心に活動している音楽ユニットだが、正式なメンバーとして名前が挙がっているのは、ACAねのみで、他は流動的にバンドメンバーが構成されている。

また、ACAねは匿名的に活動を行っているため、アーティストとしてはコンスタントに活動をしながらも、いまだに独特かつ他アーティストにはないミステリアスさを解き放っている印象だ。

YouTubeにて1億再生を超える「秒針を噛む」をはじめ、数多くのヒット曲を飛ばしながらも、自分たちらしい活動を続けているずっと真夜中でいいのに。。

そんなずっと真夜中でいいのに。の話を、ここから進めていきたい。

本編

ところで、何がヤバイのか?

さて、タイトルでずっと真夜中でいいのに。はヤバイと書いているが、一体何がどうヤバイのだろうか。

これは順を追って話をしたいんだけど、まず特筆したいのは、楽曲の良さである。

ずとまよは、「秒針を噛む」をはじめ、ヒット曲が多いアーティストである。

何百、何千万といった再生数を誇っている楽曲もいくつもある。

ただ、その中でもいくつかの変化をみてとることができる。

というのも、自分は、デビュー当時はぶりぶりとしたサウンドと疾走感のあるビートメイクが印象的な楽曲が多く、ボカロ+高速邦ロックの文脈を踏まえたアーティストなのかと思っていたのだった。

が、楽曲をリリースするたびにそこに留まらない音楽性を披露していくことになる。

鍵盤が印象的なカラフルなナンバーを歌ったこと思えば、打ち込み主体のクールな楽曲を歌うこともある。

アルバム曲まで踏まえて楽曲を聴いていくと、そのサウンドの幅広さを実感することになる。

バンドというくくりで語れるかなーと思う頃に、バンドの枠組みを超えた歌を歌ったりして、常に揺さぶりをかけるイメージなのだ。

しかも、いわゆるポップでキャッチーな歌を歌うだけではなく、アート性が強かったり、斬新な音づかいを取り入れた楽曲も多く、年々ずとまよの音楽性の素晴らしさを言及するリスナーが増えている。

音のこだわりがヤバイ

初期のずとまよってネット発のアーティストのひとつと思われていたこともあって、サウンドは打ち込み系で作られたアーティストだと思われており、わりとサウンドを<軽く>扱うリスナーも多かった。

しかし、活動が顕になっていく中で、このバンドは想像以上にサウンドにこだわっていることを知ることになる。

ライブ映像を観ると、そのことを本当に強く実感する。

特に古い家電を<楽器>として用いて、サウンドの中に組み込むサマには驚き、圧倒されてしまったのだった。

しかも単なる変わり種とかアクセントになっているのではなく、音が重なったとき、その必然さを実感するような構成なのが見事で。

音一つ一つにこだわっているからこそできる芸当であり、全体の完成度が高いからこそ、そういうアプローチの素晴らしさが際立っていく。

このあたりは百聞は一見にしかずな部分もあって、現段階だと一曲丸々のライブ動画もあがっているので、観たことがない人は、ぜひ一度堪能してほしいと思う。

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難解な歌を歌いこなすACAねのヤバさ

ずとまよの歌ってキーが高く、メロディーの流れも複雑なものが多い。

なので、カラオケベースで歌うとしても、その音域のエグさを前に断念することも多い。

しかし、ACAねはそういうメロディーラインを鮮やかに歌ってみせるのだ。

特にACAねはハイトーンの伸ばし方に独自性と美しさを感じる。

高音になっても表情が鮮やかで、ファルセットにも巧みな抑揚をつけて、声を伸ばしていくのだ。

キャッチーな歌でも一癖も二癖もあるように感じるのは、ACAねによる歌唱の表情が豊かだからのように思う。

サウンドが個性的で優れているのは確かだし、楽曲自体の完成度が高いのも確かなんだけど、それでもずとまよの歌がずとまよらしく輝いているのは、ACAねのボーカルが巧みであるからこそ。

楽曲を聴けば聴くほどに、そのことを痛感するのである。

まとめ

ACAねというボーカルがいて、圧倒的な演奏力のバンドメンバーが脇を固める。

だからこそ、ずっと真夜中でいいのに。をライブで観たときの破壊力はとんでもないことになる。

それ故、その感想を求められると「ヤバイ」の一言に終始してしまう。

この記事の総意は、そこに落ち着く。

そんなまとめにならざるを得ないほどに、ずとまよはヤバイアーティストなのである。

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