※この記事は2019年3月の初稿をもとにしています。楽曲やバンドの変化についての記述・感想は、当時のものです。

気がついたらミセスは売れっ子バンドになっていたし、能動的にミセスを聴かない人でも、ミセスがどういう感じの音楽をやっているのかを知っている人は多いように思う。

キラキラした感じのポップスでしょ?

そんな風に思っている人も多いかもしれない。

たしかに眩しいくらいに多幸感を滲ませた歌を歌うこともある。

けれど、ミセスは単なるキラキラポップスを奏でるバンドではない。

そうなのだ。そのイメージだけでは伝わりきらない魅力が、ミセスにはある。

この記事ではそのことについて書いていこうと思う。

ポップなイメージがあるけれど、バンドとしてもカッコいい

ロックというよりはポップスなんでしょ?

そんな風にミセスのイメージを持っている人もいるだろうし、僕もその音楽にはJ-POPとしての親しみやすさを感じる。

10代のリスナーにも届くポップスとして捉えるのも、ひとつの聴き方だと思う。

その親しみやすさと、バンドとしてのカッコよさが両立しているように思うのだ。

何より、バンドとしての音のまとまりが強いように感じるのだ。

ミセスがポップというイメージを持たれがちなのは、バンドサウンドにシンセを載っけまくったり、打ち込みを使ってみたり、いわゆるギターロックの枠に収まらない電子音を積極的に採用するからだと思う。

でも、ここって重要なポイントだよなーって思っていて。

というのも、色んな類の音を取り入れても、きちんと「ミセスの音楽」になっているのだ。

どれだけ前作から振り幅の大きい作品を作ってきても、無理矢理に綺麗な服を着させられている感じがほとんどしないのだ。

はっきり言って、これはすごいことだ。

これは2018年にリリースされた曲で、ギターの響きをはじめ、バンドとしてのミセスの音がしっかり聴こえる歌になっている。

僕には、この歌がいかにもミセスらしいアップチューンに聴こえる。

では、続いてこれを聴いてみよう。

この曲は、逆に打ち込みがすごく前面に出ているサウンドになっている。

でも、不思議とミセスっぽさは出まくっているように思う。

2018年にリリースされた「ENSEMBLE」はEDM、ロック、ポップ、ヒップホップ、R&B、ジャズなどかなり幅広い音を取り入れた作品になっているんだけど、不思議なことに、びっくりするほど全てが「ミセスらしい楽曲」になっているのだ。

いや、もちろん聴き手によって感じ方は違うと思うけれど、これだけ振り幅が大きいと、曲同士のつながりが薄れても不思議ではないと思うのだ。

でも、ミセスには、それがほとんどない。

これってどういうことかというと、大森元貴のアレンジの発想力がエグいってことと、メンバーが音を組み合わせてまとめる力もエグいってことなんだと思う。

つまり、ひとつひとつの音と丁寧に向き合っているからこそ、生楽器だけにとどまらない音を取り入れても、バンドとしてまとまりのある音を鳴らせるのではないかと思うのだ。

音の変化を「バンドらしさが薄れた」と感じる人もいるかもしれない。けれど、僕にはむしろ、表現の幅が広がったように聴こえる。

むしろ、どんどんバンドとしての完成度が高くなっているからこそ、こういう変化ができているし、バンドの個性を保ったまま「衣替え」ができるのだ。

言い換えれば、むしろ今の方が「バンド」になってきているとさえ言えるのではないだろうか?

これは、ここで言葉として述べたものを読むよりも、実際にライブに足を運んでもらった方がいいと思う。

ライブでは、音源とはまた違う形で、バンドとしての表現力や魅力を感じられると思う。

爽やかなイメージもあるけれど、内向的なフレーズの歌詞も多い

なんかミセスって爽やかなバンドよね?グリーンアップルって名前がもう爽やかだし。

そう思っている人も多いかもしれない。

けれど、大森の書く歌詞には、心の内側にある不安や葛藤と向き合う言葉が多いように感じる。

例えば、『TWELVE』というアルバムに収録されている「パブリック」という曲の歌詞を読んでみてほしい。

あるいは、『Progressive』に収録されている「CONFLICT」もなかなかに痛烈なメッセージを言葉にしている。

初期の名曲「我逢人」だって、改めて歌詞を聴くと、このバンドが単なるキラキラバンドでないことはよくわかる。

内向的で哲学的なメッセージを普通に歌詞に落とし込んでくるのだ。

いや、これは初期だからでしょ?今は変わってしまったでしょ?という指摘があるかもしれない。

たしかに、初期の楽曲には、内面を深く掘り下げるような言葉が印象に残る。

では、キャリアを重ねて多くの人に届くようになるなかで、そうした側面は薄れてしまったのだろうか。

でも、根っこの部分では未だにそういうものを宿しているように感じるし、むしろそういうマインドがあるからこそ、ポップであることにこだわっているように感じる。

そして、2019年にリリースされた「僕のこと」だって、歌詞に向き合うと、なかなかに考えさせられる言葉が積み上がっている。
この曲の冒頭では、自分と他者を比べる気持ちや、自分の不安を誰かと分かち合いたいという願いが描かれているように、僕には感じられる。

こんなにも率直に、不安をさらけ出すところから始めるのか。

そう思うわけだ。

親しみやすいメロディーのなかで、こうした問いをまっすぐに歌ってみせる。その組み合わせに、驚きと面白さがあるのだ。

とりあえず、これだけは言いたいのだ。

軽いバンドだと誤解されているのだとしたら、そんなことはないんだぞ、と。

少なくとも僕は、その言葉に切実さを感じるし、歌に込められた熱量が伝わってくるのだ。

変わったと言われているけれど、変わった面ばかりではない

初期はバンドサウンドを鳴らしていた。

でも、いつしか打ち込みを多用するようになった。

だから、変わってしまった。そう言われがちだ。

けれど、ミセスの根底にあるものはそんなに変わっていないんじゃないかなーなんて、そんなことを思うのだ。

だって、昔からそうだった。

音の感じはなんだか明るいんだけど、歌詞を読むとそっと暗いものを滲ませていて、色んな音を取り入れてカラフルに仕立てあげるんだけど、根っこにあるバンドの音はきちんとカッコよくて。

ただ一点あるとすれば、彼らは変わってしまったというよりも、バンドの成長速度が半端ないんだよなーとは思うわけだ。

特に「ENSEMBLE」という作品を作り上げることで、バンドの技術力は格段に上がったように思うのだ。

大森の圧倒的な存在感がバンドを引っ張っているように思うし、それを支える演奏にも個性がある。ボーカルの力強さと、バンド全体で音楽を作り上げる一体感が両立しているところが凄い。

というか、そういう音の一体感が一貫しているように聴こえるのが、すごいよなーと思う。

変わらないボーカルの凄さ

大森のボーカルはマジですごい。

「鯨の歌」とか、よくあんなん歌えるなーって聴くたびに思う。

ファルセットの使い方が絶妙すぎるし。

どんな歌もさらっと歌いきってみせて、ライブでも衰え知らずなところがあって、佇まいも圧倒的で。

いやーほんと、聴くたびに、その表現力の豊かさに驚かされる。

それくらいに大森は凄いよなーと思う。

まとめ

というわけで、ミセスから離れてしまった人、ミセスをなんとなく食わず嫌いしていた人はこのタイミングでミセスの沼にハマってほしい。

なんというか、カッコイイんですよ、ミセスって。

本当は。

関連記事:“今のMrs.GREEN APPLE”だから歌えること

関連記事:Mrs. GREEN APPLEの『Attitude』はタピオカみたいなアルバムだ