X(旧Twitter)の音垢界隈はなぜ香ばしいツイートを繰り返すのか?

人は一人では生きていけない。

往年のJ-POPでも、そういうメッセージは繰り返し歌われてきた。

自分も、そう思う。

その一方で、人に対して時にはネガティブな感情も持ち合わせるのが人というものである。

だからこそ、現実世界だと人の関わり方には濃淡を作ることができるし、うまくやり過ごしながら日々を生きる人も多い。

が。

インターネットのコミュニケーションになると、話が変わる。

色んな人の、色んな動きを目にすることになる。

とはいえ、誰かれ構わずにコミュニケーションをとっているのかというと、別にそんなことはなくて、インターネットのコミュニケーションの傾向としては、意識的・無意識的に関わらず、界隈ごとに生息していることだ。

音楽が趣味のアカウントのこと、人によっては「音垢」と呼んだりするのも、上記の事象にラベリングしたひとつのあり方だ。

「音垢」同士でコミュニケーションを取ること自体は微笑ましいし、それ自体は素晴らしいものである。

が。

多数の人が健康的なコミュニケーションを取る一方で、界隈の中には、やたらと「臭う」ツイートを散見することがある。

ここでいう「臭う」とは色んなニュアンスを含んでいるのだが、端的に言えば「信用できない言葉」と言い換えてもらってもいいかもしれない。

この記事では、そういう臭うツイートを放っている音垢たちのツイートを優しい言葉でディスっていきたいと思う。

同行枠は女子限定で!

「エルレ 同行」なんかで検索すると、出るわ出るわ、同行が余っているので、誰か一緒に行きませんか!という臭いそうなツイートの数々。

色々突っ込むところしかないから単刀直入に言うが、最初から一人で行くつもりなら、大人しく一枚がけで申し込まんかい!!と抽選に落ちた全俺が文句を垂れてしまいたくなる。

いや、別にぼっち参戦濃厚でも複数枚申し込みをしてもいいし、リアルでお友達がいないならTwitterで同行を探してもいいとは思う。

が、普通にTwitterで息をしていたら「エルレが好きな音垢さんのお友達」なんて死ぬほどいるだろうに、そういう奴らは完全スルーで同行者を探すなんて、お前はなんて香ばしいんだと思ってしまう。

けれど、もしかしたら普段は能動的にTwitterをやってなくて、そんなに仲の良いフォロワーなんていなくて、でもたまたま今回エルレのチケットの同行枠が余ったから募集をかけているんだとしたら仕方がないのかもしれないが、募集要項をみたら、

「同行者の募集は女子限定で!」

本当にチケットを持っていて同行者を探しているとしても、こういう募集の仕方は警戒されやすいし、ライブそのものより別の目的を疑われても仕方ない。

なにより、こういう露骨な募集はトラブルの火種にもなりやすいわけで、そういうところが一番臭うんだよなーという話。

今日のフェスはぼっち参戦です!!

Twitterを観測していると、今日のフェスはぼっち参戦、という人をそれなりに見つける。

ぼっち参戦はメリットもあればデメリットもある、というのが個人的な印象だが、やはり一人だとどうしても依存しがちになるものがある。

Twitterだ。

入場までの時間や、ライブが始まるまでの時間など、何かと待つことが多いフェスという現場。

その待ち時間、ぼーっと物思いにふけったり、一心不乱にステージだけを見据える人もいるかもしれないが、正直その時間、暇で退屈であることは間違いない。

そんな時間の暇をつぶすのにもってこいなのがTwitterなのである。

なにより、ぼっち参戦で悲しいのが、すごく興奮するライブをみたとしても、すぐにその場でその感動を共有できないことであるし、ぼっちで参戦するということは、そもそも私生活で同じ趣味の人がいない可能性も高く、時間が経ってもリアルでそのライブの感動をシェアできない人もいることだろう。

こうなると、同じ喜びを噛み締めてくれる人を見つけやすい、Twitterという存在はとても有り難いわけだ。

で、それ自体はとても素敵なことだと思うんだけど、時たま、ぼっち参戦者のツイートを巡って「んん???」と思うことがある。

フェスの日にTwitterをみると「今日はぼっちで参戦するので、絡んで下さい!!」みたいなツイートをよく見かける。

これは、わかる。

どうせなら誰かと一緒に絡んだりした方が楽しいから。

しかし、ぼっちをアピールするアカウントのはずなのに、よくみたら、全然ぼっちをかましていないアカウントが一定数いるのだ。

もしかしたら、会場に着くまではぼっちだったのかもしれないが、圧倒的なコミュ力と人脈を駆使して、会場に着くやいなやフッ軽魂を活用して、どっかのメガネ田邊もびっくりの圧倒的エンカウント率を披露するのである。

そして、本気でぼっち参戦しているアカウントからの「●●ちゃん、僕もぼっちだから会場で会おうよ!」みたいなリプは華麗にスルーし、自分はぼっちですので暇な人は絡んで下さいと言いながら、しっかりと絡む人は選別をして、常に人に囲まれた快適で充実のフェス休暇を満喫するアカウントが一定数いるのである。

こういうものをみると、こいつらはぼっち側なのではなく、ぼっちのフリしたリア充アカウントなんだなーなんてことを思ってしまう。

これは、理屈としてあれと似ている。

恋人ほしいな〜みたいなアピールで反応を集めて、リプを細かく選別し、返事をする相手を絞る。ああいう投稿と似ている気がする。

何が言いたいかというと、「ぼっちですので、絡んでください」というツイートひとつとっても、ん〜このツイートは信用できんな〜という事案があるという話。

ぼっちアカウントひとつとっても、リテラシーが要求されるのである。

日タグで自撮りを載せて、「気になった人はお迎え!」と言っている人たち

日タグをすることも、自撮りを晒すことも別にいいんだけど、この「気になった人はお迎え」という言葉だけがどうにも信用ならない。

あくまでも「音垢」として考える場合、ここでいう「気になる」とは、自分と趣味があうかどうかとか、好きなバンドが被っているかどうかとか、バンドに対するテンションが自分と合うかどうか、そういう所がポイントになると思うのだ。

が。

日タグのそれは「音楽の趣味」など無関係である。

ラウド大好きです!!!みたいな文言とともに自撮りを晒した日タグをしている男性フォロワーに、いかにSiMというバンドが凄くてかっこ良くて面白い音楽をしているかということを説いたところで、「気になる人」になることはない。

そのくせ、くりいぷはいぷが大好きです!みたいな文言とともに自撮りを載せている女性アカウントからの反応は一切見逃さないし、速攻で「気になる人」に昇格させ「繋がる」のである。

日タグにはクリープハイプの「ク」の字も出してなかったじゃねえか、結局は見た目で選んでるんじゃないか、と思ってしまうことが往々にしてある。

ちなみに、こういうアカウントをじっと観察していると「●●(女の子の名前)のおかげで音楽の幅広がったわ。マジでありがとう」みたいなことを後ほど呟きがちである。

まあ、広がったんならいいんだけどね。

ただ、「気になる人」なんていうあざとい言い方をするくらいなら、最初から自分の基準をはっきり書いているアカウントの方がまだ潔いよなーなんて思ってしまう。

まあ、別に好きな人をフォローしたらいいんだけどね。数が増えても意味なんてないんだし。

そんな僕はここ最近、なぜかやたらとBumperからリムられます。不思議です。なぜでしょうか。

まとめ

まあ、この記事の多くはジョークではあるんだけど、チケット関係に関しては、本当に色んな意味でトラブルになることもある。

一時期、どうみても公式じゃない、公式と名乗るエルレのアカウントがプレゼント企画と称してフォロワー増やしていたことがあったけど、ああいうマジでヤバイアカウントすら簡単に信用してしまうのは本当に危険なので、最低限のネットリテラシーは身につけておくべきだよなーと、最近のTwitterをみていると思うことがある。

まあ、限りなくアウト側にいる僕みたいな人間がこういうことを言うのも、ちゃんちゃらおかしな話ではあるんだけども。

まあ、マナーを守って有意義な音垢ライフを送りましょうぜ!って、そういう話。