SEKAI NO OWARI「Hey Ho」の歌詞の意味は?解釈と考察!
SEKAI NO OWARIが2016年10月5日にリリースする新曲について、発表当時の視点で考えてみたい。
タイトルは「Hey Ho」。
深瀬とさおりはこの歌にどんな意味を宿したのか、考えてみたい。
作詞:Fukase Saori
作曲:Nakajin
この曲は、見えない苦しみに気づきながらも、耳を塞がずに向き合うべきかを問いかける歌として読める。
この楽曲は動物殺処分ゼロプロジェクト「ブレーメン」の支援シングルであり、今作で生じる収益をこの活動の支援に充てていくということである。
というわけで、歌詞全体もそのプロジェクトあるいは動物殺処分についてなぞらえたものとして読み取ることもできるとともに、サビのフレーズはセカオワの代表作である「RPG」の続編ともいえるものになっている。
RPGの歌詞は「海を目指して歩いていく主人公」のことを歌ったものであり、今作は「嵐の海に向かっていくこと」をサビで歌っているものになっている。
冒頭から僕が受け取るのは、関わり続けることによって育つ愛着の大切さだ。動物と暮らすことに重ねるなら、迎える瞬間の気持ちだけでなく、その後も世話を続ける責任を考えさせられる。
行政に引き取られた犬や猫には、返還・譲渡されるものもいれば、殺処分されるものもいる。すべてが同じ結末になるわけではない。
僕には、目の前の命との関わりを簡単に手放さず、その関係を育てていこうというメッセージにも聞こえる。
サビで出てくる「誰かからのSOS」とは、捨てられた動物、そして嫌々ながらもペットを殺処分せざるをえない人たちの悲鳴であるように感じる。
自分の目に見えなくなった後も、その動物の生は続いている。だからこそ、手放した先で何が起こるのかまで考える必要があると思う。
実際に、当時の統計には多くの殺処分数が記録されている。
環境省の統計(PDF)では、平成26年度の殺処分数は犬21,593匹、猫79,745匹、計101,338匹とされている。これは当時の数値で、負傷動物を含む別集計とは区別されている。また、統計上の殺処分数には保管中の病気などによる自然死も含まれる。
犬猫だけでも10万以上の命が葬られているなんて、あなたは知っていたでしょうか?
見たくない現実から目をそらしてしまう感覚は、動物と暮らしている人だけの話ではない。サビは、僕自身にもその姿勢を問いかけてくるように感じる。
2番では、遠くの悲劇にすぐには感情が追いつかない人間の姿にも目が向けられる。
悲しい出来事を数字として知ることと、自分の実感として受け止めることには距離がある。この歌は、その距離を感じる人まで責めているわけではないように思う。
他者を助ける行為を、強制だけで語らないところも印象に残る。
つまり、この楽曲では支援プロジェクトをしているわけだが、決して「みんなも一緒にボランティアをしよう」とか「動物のことをもっと考えよう」とかそんなことが言いたいわけではないというわけである。
では、何が言いたいのだろうか。
2番のBメロがそのメッセージを明かす。
僕はそこに、誰かのために踏み出すことが、自分自身の生き方にもつながっていくというメッセージを感じる。
つまり、この歌は動物の殺処分のことを歌った歌であるような装いをしておきつつも、それが「本質」ではないということでもあるわけだ。
誰にでも当てはまる、普遍的なことを、この歌はテーマにしているのだ。
言ってしまえば、動物の殺処分はこの歌詞においてはひとつの「例え」というわけである。
動物を手放した先にある現実について考えてきた。
では、人と人との関わりに重ねたら、どう読めるだろうか。
人間なら「捨てたら消えていなくなる」なんてことはありえず、どんな人もその人なりの続きの人生を歩むわけである。
それこそ世界の終わりにでもならないかぎり、みんな命の限り生きていくわけであり、苦しいならばSOSを出したりして、なんとか這いつくばって生きていくしかないわけである。
みんながそれぞれの悲しみや苦しみを抱え込んでいるこの世界は、まるで嵐のような凄惨なものだけれど、それに関わることを拒否してしまっていいのだろうかと言うわけである。
ただし、誰もが同じように行動できるわけではない。そのうえで僕はこの歌から、できるところから誰かと関わる一歩を考えたくなる。
こうした感覚は、深瀬がこれまで歌ってきたテーマとも重なるように思う。
そのため、歌詞に出てくる主人公や「君」は、暗いものを抱えて立ち止まりかけている存在として描かれているように思える。
少なくともこの歌は、耳を塞ぐ側でいることをやめ、嵐の中に船を出す決意を描いているように読める。
その一歩が、結果として今のSEKAI NO OWARIの歩みにもつながっている、と重ねて読むこともできる。
そして、今作では不思議な縁で「動物殺処分ゼロ」を支援するキャンペーンソングを歌うことになったのだ。
船を出したからできたことである。
耳を塞いで、SOSを無視していたら、できなかったことである。
そうした一歩の大切さが、このメッセージにつながっているのかもしれない。
そんなふうに僕は思う。
ちなみに歌詞に出てくるStormy Seasは嵐の海という意味であり、
Scream Of Silenceは沈黙の悲鳴という意味である。





とても参考になりました。
その後、ハッと思いました。この歌は東日本大震災で被災した方々を応援する歌でないのかと。被災地以外で暮らしている人たちに、東北の方々に寄り添おうよというセカオワ風の優しい投げかけかと思っています。
セカオワリズムとノリでいいなとしか思っていませんでした、この歌詞から色んな意味で出来ること頑張らなければと思い今年も強く生きていきたいです。みんなに勇気を与える曲ありがとう。
昨日の紅白歌合戦でたまたま見て、何ていう歌詞なんだろうとビックリしました。
まるでただの傍観者的無責任を肯定しているのか、世界で苦しんでいる人がいても自分には無関係、といった内容をNHKが容認するのかとビックリ。
それでこの歌の真の意味を知りたくて、こちらにたどり着きました。
そうか、動物殺処分を揶揄しているのですね。ホッとしました。
傍観者的無責任が肯定される、だからセカイノオワリ、なのか、といろいろ考えていました。あんまりこのグループのこと知らないので。
戦争に巻き込まれて失われる命、人身売買、飢餓、貧困、そして人間のために殺されたり実験材料にされる動物たち。こういう現実に、とくに日本人は先進国とは思えないほど無関心すぎる。無知と臭いものにはフタ的な態度こそがこれらの残酷劇が終わらない一因です。セカイノオワリのようなグループが影響を与えて多くの人に伝わってくれればと思います。
わかりやすく解説していただきありがとうございました。