スピッツ「ガラクタ」の歌詞の意味は?解釈と考察

スピッツのニューシングル「みなと」のカップリング曲となる「ガラクタ」。

今回はそんな歌詞の意味について迫りたい。

あいつは何だ〜見つめ合った春の日

この歌詞は何だ、というツッコミをしてやりたいくらい、ひとつひとつのフレーズに繋がりが見えてこない。

マンタといえば、エイの一種だろうが、でっかい方と言われても小さい方も知らないぞ、と言いたくなる。

「しばらく会わないうち素敵になってジェラシー」はまだ意味がわかる気がする。

会わないうちに綺麗(あるいはかっこよく)になって嫉妬しているのだろう。

あいつは何だ、というくらい変化したのだから、相当な変化っぷりだ。

マンタもお腹だけみてると間抜けな顔に見えるが、全体をみると綺麗(あるいはかっこよく)に見えるので、そういう変化の動物の象徴としてマンタを選んだのかもしれない。

じゃあ、「でっかいの」って何だと言われそうだが、ひとまず置いておこう。

風来坊、とはどこからともかくさまよってきた者、という意味なので、風来坊のメッセージとはTwitterなんかでフォロワーでもないのに、誰かのリツイートとかでうっかり目にした偶然のメッセージというニュアンスではなかろうか。

それでフォローすることになったならば、それこそ不思議な縁である。

まあ、綺麗になった人の偶然のメッセージなのだから、その人の噂話が偶然耳に入ったくらいの感じかもしれないが。

大学のキャンパスでランチしていて、嫉妬するくらい綺麗になった人のうわさ話を、違うグループがしているのを聞いたのかもしれない。

そんな話を聞いてしまえば、相手を見る目が少し変わってしまうのも無理はない。

ほら、春って新しいコミュニティ作るために噂話が勃発しやすいし。

そんな話を聞いてしまえば、思わず見つめちゃうよね。

噂の張本人に対しても、噂の発信源の人に対しても。

祝い風に舞う〜ラブストーリー

祝い風が吹くのは新学期という感じなので、春のイメージとつながるが、そこに花びらを添えるとしたら普通は桜であろう。

だが、登場するのはピンクの花びらではなく、黄色い花びら。

夏になれば、ひまわりなんかがイメージにくるから少しは繋がるのだが。

まあ、黄色って明るい、とか、楽しい、とか、イライラ、とか、陽気、とか、そんなイメージと繋がるから、次に出てくるキラキラをイメージとして先行させて登場させたのかもしれない。

もう恋なんてしないといってた人のゴミ箱がキラキラしているってことは、言ってるそばから新しい人に乗り換え、その人との恋もあっという間に終わってしまったということなのだろう。

「ちょい新しい」ということは、別れて恋をゴミ箱に投げ捨てて、少し経ったくらい、という感じだろうか。

その時間感覚が見事に表現されているのが、さすがである。

ころころと恋人を変えているように見えれば、どこか身勝手に映るのだろう。

そんな恋は、すぐに関係が深まるという意味では「甘い」けど、すぐに悪いところを見つけて捨てる(乗り換える)という意味では「辛い」。だから甘辛く、ガラクタなラブストーリーなわけである。

さて、2番の歌詞をみてみよう。

栗 稗〜ランナウェイ

粟、稗、コーリャン、とここまで存在感の薄い雑穀系の植物を並べ、メロディーにしっかりと載せている草野の言葉のセンスには脱帽するばかりである。

この辺りの植物は「冴えない」というニュアンスを伝えたいのだろう。

だから、普段なら綺麗な人たちから恋愛において対象外にされているわけだが、奇跡的に出会った二人は燃え上がってわが道を進んでいくという感じか。

このフレーズのことを、美女と野獣モードに入りました、という表現でまとめてしまっておこう。

やること忘れて〜ラブストーリー

やることってぶっ飛んだピアスを身につけることなのだろうか。

ピアスということは隠さずに目に見えるアクセサリーということだろうし、ピアスは耳に穴を空けることで付けるアクセサリーということだから、付き合っているということを身体に刻み付けてほしいというニュアンスだろうか。

やること、というのが「ヤること」に見えてしまうのはスピッツ脳すぎるだろうか。

穴にモノを通すというのはそういう隠喩というのはあまりに考えすぎか。

だって、だから夢うつつになって音を聴くことにつながるし、風鈴というのは相手が後戯にささやく甘い言葉という感じがするわけである。

耳障りは良いけど、すぐに耳を抜けていってしまう言葉の比喩として風鈴を登場させたというわけだ。

上品な言葉がどういう言葉かはわからないが、風鈴とは対比させるような言葉であることは間違いない。

美女と野獣というのもそうだが、風鈴な言葉と上品な言葉というのも、チグハグな感じがするから、このラブストーリーはチグハグといっているのである。

祝い風に舞う〜ラブストーリー

そんな恋もやがてはすぐにゴミ箱にまた捨てられるという皮肉をこめて、最後は一番と同じ歌詞で締めくくるのである。

ゲス、という言葉の響きから、かなり生々しい恋愛劇を連想させる。

しばらく会わないうちに素敵になってジェラシー、というフレーズも、久々に会った相手の変化への戸惑いとして読める。

もっと言えば、そんな「変わってしまった感」をSNSで知ったから風来坊のメッセージなのかもしれない。

あと、「栗 稗 コーリャン 対象外のオーラ 出会っちゃいけない二人 燃え上がってランナウェイ」とは畑違いの二人が出会って激しい恋をした、という風にも読み取れる。

バンド畑と別ジャンルの世界で生きてきた二人が出会って恋に落ちた、というふうにも読めてくる。

いずれにせよ、とっかえひっかえ相手を変えて恋愛していく人間を草野が皮肉った歌、というのが「ガラクタ」の正体なのかなーと思う。