似たようなテーマの記事は過去にも書いた気がするし、そのときの気分によってラインナップも変わったりする。人の記憶や価値観は、どんどん更新されていくものだ。では、2026年8月13日現在の自分が、「自分にとって存在感の大きいアルバム」を9枚選ぶなら、どんなラインナップになるだろう。そんなノリで記事を書いてみたいと思う。
スピッツ『三日月ロック』(2002年)
自分がリアルタイムで音楽を聴き始めたのがこの頃で、スピッツのアルバムをリアルタイムで追うようになった時期とリンクする。その意味で、『三日月ロック』は今でも不動の名盤だ。ふとした瞬間に、アルバム単位でするっと聴きたくなる作品である。
シングル曲に目を向けると、ライト層にも広く知られた代表曲は、他のアルバムと比べて相対的に少ないかもしれない。けれど、マジでどの楽曲も完璧な位置に、完璧な質感で収録されているアルバムだなーと思う。良い意味で、シングル曲もアルバムの中に溶け込んでいる。
草野マサムネの文学性と、スピッツならではの切なさ、そしてロックバンドとしての弾けるような感触。そのすべてが絶妙なバランスで収められ、最後まで駆け抜けていくのが良い。
アルバム全体としては整っている印象なのに、「ガーベラ」のように打ち込みを取り入れた楽曲もあれば、「海を見に行こう」のようなフォーキーなナンバーも収録されている。意外と豊富なアレンジで展開していくのも良いし、最後は「けもの道」というアッパーなロックナンバーでガリッと締めくくる。その終わり方にも、アルバムとしての「らしさ」があって好きだ。
Mr.Children『IT’S A WONDERFUL WORLD』(2002年)
スピッツの項目でも書いたように、この頃は自分がリアルタイムで音楽を聴き始め、Mr.Childrenのアルバムを追うようになった時期とも重なる。だからこそ、思い入れの深い作品だ。
「蘇生」のような開放感のある4つ打ちのナンバーもあれば、「渇いたkiss」のように抑制の効いた鋭い楽曲もある。「LOVE はじめました」では、ブラックユーモアをまとったエレクトロニックなサウンドを聴かせ、後半には「Drawing」「君が好き」といった渾身のバラードも配置されている。この振れ幅が、いかにもMr.Childrenの真骨頂という感じがして好きだ。
BUMP OF CHICKEN『ユグドラシル』(2004年)
今聴いても、アルバムの構成にマジで隙がないと思う。単体で聴いたときの楽曲の強度も素晴らしいし、この曲順で聴くからこそ生まれる魅力や、アルバム全体の構成力にも今なおぐっとくる。
そのうえで、マンドリンを取り入れたカントリー調の「車輪の唄」や、クリーンなバンドサウンドで幻想的な世界を作り上げる「embrace」など、バンドの美学を壊さないままサウンドの幅を広げている。その塩梅が「ちょうど良い」と感じるし、何より自分にとってこの作品は青春感がえげつない。
ASIAN KUNG-FU GENERATION『ソルファ』(2004年)
この時期にリアルタイムで日本のロックを聴いていた自分にとって、BUMPとアジカンから受けた影響はやはり大きい。
ある種の文学性を感じさせながら、確かな日本のオルタナティブ・ロックを進化させたような音が鳴っている。閉塞的なのに、何かを突き破るような、不思議なエネルギーがこのアルバムにはあるなーと思う。
わかりやすい形で幅を見せるというよりは、「俺の敬愛するサウンドはこれだ」と言わんばかりに、最後まで脇道にそれず、言葉と歌とサウンドを積み上げていく。その構成が今聴いても良い。そこから溢れ出る青臭さは、今のロックバンドからはなかなか感じられない類のものなのかもしれない。
the band apart『Adze of penguin』(2008年)
一時期、めっちゃライブに行っていたくらいには、バンアパのサウンドが好きだった。テクニカルなのに、ただオシャレなだけではなく、ちゃんと激しい。その塩梅が好きだったのだ。地味にコーラスワークも美しくて、サウンドのすごさに惹かれるのはもちろん、歌そのものにも心を持っていかれる。
似たような志向性を持つバンドは当時いくつかいたけれど、バンアパからしか摂取できない栄養があるなーと思った。いろんなロックサウンドを浴びた今でも、人力のチームプレイだからこそ成立する、バンアパの芸達者なアンサンブルは胸を打つ。
サカナクション『sakanaction』(2013年)
サカナクションは好きなアルバムが多いので、そのときの気分によって聴く作品も変わる。ただ、このアルバムは今聴いても「気合いが入っているなー」という感じがして、好きなのだ。
自分たちの好きなものがしっかり入っている一方で、ポップスのど真ん中にもきちんと目配せしている。さらに、この時点でできる限りの実験も、この作品でやり遂げようとしているように感じる。
「intro」から「INORI」へと続く冒頭の構成は、今聴いてもすごい。「M」や「Aoi」でアッパーに振り切ったかと思えば、「ボイル」「映画」ではがらっと世界を変えてみせる。その二面性も良い。
そして、セルフタイトルを冠したこのアルバムのラストに置かれているのが「朝の歌」だ。これまで「夜」という言葉を繰り返し歌ってきたサカナクションが、最後に朝を舞台にした楽曲へたどり着く。
まるでアルバム全体を総括するような歌でもって、ふわふわとした、でもなんだか泣けてくるような音楽体験へと誘う。その感じが良い。
BRAHMAN『超克』(2013年)
「自分を構成する9枚」という意味では、このアルバムから受けた影響も大きい。共感とはまた別の軸で、この作品を含めた当時のシーンの動きから影響を受けた部分が多かった。『超克』を聴くと、不意にそうした記憶が蘇るようなエネルギーがある。
そうした時代や記憶との結びつきとは別に、この作品そのものがシンプルに好きで、何度も繰り返し聴いていた。その事実も、この9枚から外せない理由になっている。
三浦大知『球体』(2018年)
アルバム体験として、当時の自分の常識を更新したという意味で、超思い入れのある作品だ。アルバムという単位で考えるなら、今なお不動の位置で輝き続けている。このブログを続けている限り、繰り返し言葉にしていきたいと思うような作品でもある。
今回紹介しているアーティストの流れで言えば、Mr.Childrenの『深海』を聴いたときにも近い衝撃があった。両作品の作品性が似ているという意味ではないのだが、この曲がこういう形で次につながるのか、アルバム全体がこんな場所に着地するのか、という驚きがどちらにもあるのだ。
「飛行船」なんて今聴いても素晴らしい構成、アレンジの楽曲だなーと思うし、楽曲単体だけではなく、ダンスも含めてこの作品の魅力を考えると、さらに広がりを覚えることになる。
時代を超えた名盤とは、こういう作品のことを言うんだろうなーと、聴く度に感じる、そんな作品。
星野源『Gen』(2025年)
あまりにも最近のアルバムなので、「自分を構成する9枚」と言うには、少し大げさかもしれない。それでも、すでに自分の音楽体験に影響を与えているし、今後も与えていくのだろうという意味で外せない作品だと思い、ラインナップに入れた。
『Gen』を聴いていると、今回紹介した他のアルバムがリリースされた頃、星野源がどんな音楽活動をしていたのかに思いを馳せ、今との変化に色んな想いを抱く。あるいは、今作のプロモーション時に見せていた本人の言葉やトーンまで含めて考えると、よりその想いが強くなるんだけど、年を重ねて変化するというのは、そういうことの積み重ねなのかなーなんてことを思う。
何にせよ、さまざまな経験を経た末にたどり着いた作品として「Gen」という作品があるからこそ、より刺さる。美しくて、どこか言葉にできない儚さもある、そんな不思議な質感を持った名盤なのだ。
とはいえ、そういう外側の物語を抜きにして、音楽単体で聴いたときのクオリティーがえぐい。難しい演奏をこなしながら歌える力量があり、いろんな楽器とアイデアを操り、音楽に限らず多岐にわたる表現を続けてきた人だからこその音が鳴っている。これまでの活動があるからこそ実現した、多彩な客演やタッグも魅力的だ。
近年は、サブスクによる音楽習慣の変化もあり、アルバムをアルバムとして聴く機会が減った。自分が年を重ね、音楽に割ける時間が少なくなったことも大きい。情報やモノとの接し方も、この記事で並べた作品がリリースされた頃とは大きく変わった。そんな中でも、『Gen』はアルバム単位で繰り返し聴きたいと思わせてくれた。その意味でも、自分にとって存在の大きな作品なのだと思う。


