中島みゆきの「地上の星」の歌詞の意味について考えてみたい。

*歌詞については他サイトから確認してくださいな。

楽曲「地上の星」について

この歌はNHKのドキュメント番組である『プロジェクトX』の主題歌であり、この番組のために書き下ろされた歌である。

名だたるヒット曲のなかでも、中島みゆきの代表曲として世代を問わず歌い継がれている一曲だ。

番組の趣旨と歌詞のテーマが見事にリンクしていることも、この楽曲が長く愛され続ける理由のひとつと言えるだろう。

サビで歌われる力強いメロディも印象的で、多くの人の耳に残るフレーズとして記憶されている楽曲である。

「地上の星」の制作背景

曰く、番組の趣旨は“普通”の人達の生き様を描くことにあり、こんなテーマの番組の主題歌を歌うのは中島みゆきさんしかいないということで、猛烈なオファーをしたのだとか。

その甲斐あって、中島みゆきはこの件を了承する。

そして、主題歌を作るにあたって、“無名の人々の光を歌にしてください”というオーダーを番組プロデューサーの今井明さんはしたんだという話。

これを踏まえて歌詞をみていけば、使われている単語の意味も見えてくるのではなかろうか。

「地上の星」の歌詞の意味と解釈

「風の中のすばる、砂の中の銀河」の意味とは?

冒頭の「風の中のすばる、砂の中の銀河」とはまさしく“普通”の人の光について書いており、誰だって「光=才能」があることを示しているわけだ。

普段は目立たない人であっても、その人の中には確かに星のような光が宿っている──そんなメッセージが込められているフレーズなのだ。

「風の中」「砂の中」と表現することで、普段は埋もれて見えない「ごく身近な場所に光は存在している」というニュアンスを強く印象付けている。

「見送られることもなく何処へ行った」の意味とは?

そうすると、見送られることもなく何処へ行ったというフレーズの切なさが浮き彫りになってくるのではなかろうか。

すごく語弊のある言い方をすれば、この歌もSMAPの「世界にひとつだけの花」と通底するテーマがあるわけだ。

中島みゆきの歌詞って、どこか弱者に寄り添うような姿勢があるわけだが、この歌詞にもそういう精神があるようにみえる。

「人は空ばかり見てる」の意味とは?

「人は空ばかり見てる」というフレーズは、有名な人のことばかりを見ている大衆のことを指しており、テレビなどを代表する大型メディアの情報(今ならばネットもそこに入るだろう)を盲目的に信じてしまうことを揶揄しているわけだ。

しかし、星は空ばかりではなく地上にもある、つまり、テレビで活躍するような人ばかりがスターではなく、誰もがみんな何らかの分野のスターであり、分かりやすい陽の目を見ることはなくても、誰もがプロフェッショナルなわけである。

空を飛んでいるツバメ(これはプロジェクトXという番組を指しているようにもみえるし、この歌を聴いてるあなた自身のことを指しているようにもみえる)ならそのことがわかるはずだ、というわけである。

というか、そういう番組になってほしいという願いを込めてこんなフレーズを書いたのかもしれない。

「名立たるものを追って 輝くものを追って人は氷ばかり掴む」の意味とは?

2番も歌っているテーマ、そして使っている言葉も意味の当てはめ方は同じである。

単語の裏の意味を知れば、全てのフレーズに納得がいくように書いているのが、流石は中島みゆきといったところであろうか。

「名立たるものを追って 輝くものを追って人は氷ばかり掴む」とは、まさしく前述で説明したことが詰め込まれているフレーズになっているわけだ。

有名なものばかりを追いかけていると、結局のところ本当の価値を見失ってしまう──そんな警鐘が込められたフレーズだと読み取れる。

中島みゆき「地上の星」が描いているものは?

この歌は、決して特別な人だけにスポットライトが当たる世の中にあっても、誰もがその人なりの「光」を持っており、それぞれが掛け替えのない存在であるということを静かに伝えてくれる一曲だ。

プロジェクトXが取り上げてきた無数の「無名の英雄たち」へのエールであると同時に、この歌を耳にするすべてのリスナーにも向けられたメッセージなのである。

時代を超えて歌い継がれてきた理由は、おそらくこの普遍的なメッセージにあるのだろう。

中島みゆきというアーティストが長いキャリアの中で大切にしてきた「誰かの光にそっと寄り添う」姿勢が、この楽曲には凝縮されているように感じる。

以上、中島みゆきの「地上の星」の歌詞の意味についての考察なのでした。

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