スピッツ「海とピンク」の歌詞の意味は?解釈と考察!
スピッツ「海とピンク」の歌詞について書いてみたい。
作詞:草野マサムネ
ピンクのまんまるは、かなり直接的な性的イメージを連想させる。
この記事では露骨な表現は避けるが、身体の一部を思わせる比喩として読める。
それが空いっぱい広がるということは、主人公のすぐ目の前にそのイメージが迫ってくる、という読み方もできる。
下手をすればすごく下品な歌になるのに、巧みな比喩表現にそれが回避されている。
「キラキラ」という言葉もそのひとつである。
ただ、この「キラキラ」という言葉はキモで、これはピンクのまんまるがキラキラしていることを指しているとともに、こんな営みをしている時間がキラキラしていて、とても愛おしい、ということも表現している言葉なわけだ。
そして、繰り返し遊ぶ=カップルでイチャイチャしているってことなわけだけど、「毒入りケーキのカケラ」とは何を指しているのだろうか。
これは危うい快楽や、その時間に溺れてしまう依存性のようなものを表現しているフレーズにもみえる。
ひとつの言葉で幾つも意味を浮かび上がらせる重層な構図が見えてくる。
次のフレーズをみてみよう。
ここでも前半と同じく、花びらや玉砂利が身体感覚をともなう性的なイメージとして置かれているように読める。
そんなシチュエーションである。
ところで気になるのは、「海辺」「海」という言葉である。
これは何を指しているのだろうか。
そして、「あくびをする」とはどういうことだろうか。
前述の風景描写と繋がりそうで繋がらない「あくび」という行動。
この辺りの内容を解きほぐすために後半のフレーズをみていこう。
一番のような間柄であるこのカップル。
そりゃあもうラブラブなのかと思いきや、この二人の関係とはプラスチックなようなものであることを予感させるフレーズ。
プラスチックのような関係が具体的に何を指すのかはわからないが、あまり暖かいものではなさそうである。
まあ、心の繋がりはプラスチックのようなものだとしても、二人の間で交わされる言葉は無邪気なのである。
「愛してる」とかそんな感じの会話をしているのだろうか。
想いと言葉の内容に温度差が生じている。
なんか、身体は素っ裸なのに心はうまく掴めないもどかしさが表現されている。
そんな心許ない恋愛経験は、知りたくもなかったいらない感情にも気づかせるが、その一方で大事なことにも気づかせてくれたりもする。
そうした落ち着かなさまで含めて、この関係の手触りが描かれているのだろう。
ここでも露骨な物や身体反応を思わせる語が並び、切実さと気まずさが同時に立ち上がる。
そして、「がんばって嘘つき」は、相手を喜ばせようとして本音と演技が入り混じる、その複雑さを言い当てた言葉のように思える。
そして、最後に出てくる「海」という言葉。
わかりそうで何を指しているのか、やっぱりわからないこの言葉。
ただ、ここで考えてみたいのはこの歌のタイトルである。
「海とピンク」である。
ピンクがかなり直接的な身体感覚を帯びた言葉であることは見えてくる。
そして、草野の歌詞には死や性を連想させるモチーフがしばしば現れることも思い返したい。
つまり、海=死…ということだろうか。
おそらくここまで親密さをさらけ出せるこの二人の関係も、結局のところプラスチックのような模造品で、すぐになくなってしまうものなのだ。
海に波が起こり、そしてその波が引いていくように、恋愛もあれだけ盛り上がっていたはずなのに、跡形もなく消えていってしまう。
そんな切なさを表現するために「海」という言葉を使ったのかもしれない。





