Ado「モンストロ」の中心にあるのは、自分の力に自分で上限を設けることへの反発だと考える。タイトルが指す怪物は、倒すべき敵というより、まだ使い切れていない自分の可能性。実写映画『ブルーロック』の主題歌という背景からも、競争のなかで自分の武器を見つける歌として読むと筋が通る。

以下は公開されている歌詞と公式情報をもとにした筆者の解釈です。作者が説明した事実とは区別して考察しています。

「モンストロ」の基本情報

配信日 2026年8月7日
タイアップ 実写映画『ブルーロック』主題歌
作詞 ryo (supercell)
作曲・編曲 Giga & TeddyLoid

出典:ユニバーサル ミュージック:配信・制作陣・タイトル・MVの解説

モンストロの意味は?タイトルの怪物はどこにいるのか

レーベルの公式発表では、Monstruoはスペイン語で怪物を意味し、内側に潜む力を目覚めさせる楽曲として紹介されている。したがって、タイトルを恐怖の対象とだけ捉えると、この曲の向いている方向を見失ってしまう。

怪物と呼びたくなるほどの力は、周囲に認められてから初めて生まれるものなのか。それとも、認められる前から自分のなかにあるのか。この曲は後者に賭ける歌に感じられる。評価が出るまで待つ時間より、まず動いて確かめる時間を選んでいる。

否定の言葉を、自分の限界にしない

歌詞では、他者から可能性を否定される場面と、それに応じて自分の力を示そうとする態度が向かい合う。ここでの自信は、すべてが順調だった人の余裕というより、否定を受け取ってなお前へ出ようとする意地として読める。

誰かの判断を覆したい気持ちは、ときに自分の行動をその相手へ縛りつける。でも、この曲で焦点になるのは実際に何ができるかだ。他人を説得する説明よりも、自分の行動に主導権を取り戻そうとしている。その姿勢に応援歌としての強さを感じる。

『ブルーロック』と重なる、自分の武器を使う覚悟

スポーツの勝負には相手がいる。一方、自分には何ができて何を望むのかを決めることは、自分自身の問題でもある。「モンストロ」は、その二つを重ねて聴ける曲だ。誰かに勝つために、まず自分の可能性から逃げないという順序がある。

ただし、歌詞の各表現が映画の特定の人物や場面と一対一で対応するとまでは言えない。主題歌としての関係を踏まえつつ、部活や仕事、創作など、能力を試される自分の場面へ引き寄せて聴ける余地も残っている。

MVの疾走感を、歌詞の「行動」と重ねて見る

公式紹介によると、LAMがイラストと映像を担当したMVには近未来都市でのカーチェイスが描かれる。これは歌詞の意味を決める唯一の答えではないが、停止した状態から抜け出していく力を視覚で受け取る手がかりになる。

「モンストロ」を聴くときには、勝者になるという結果だけでなく、動き出す瞬間にも注目したい。才能があるかどうかを考え続ける地点から、才能を使ってみる地点へ。その移動こそ、この曲の怪物という比喩を身近にする読み方だと思う。

よくある疑問

アニメ版の主題歌?

2026年8月7日公開の実写映画『ブルーロック』の主題歌。アニメ版の楽曲とは区別したい。

誰が歌詞を書いた?

作詞はryo (supercell)。作曲・編曲はGiga & TeddyLoidが担当している。

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