※この記事は2018年の初稿をもとにしたレビューです。年齢や活動状況、作品への感想は当時のものです。

人によって好みが分かれがちなバンドっていると思うけれど、ポルカもそういうタイプなんじゃないかと思う。

曰く、MVがあざといとか。曰く、全てが計算されてる感じでなんかイヤらしいとか。曰く、音楽テレビ番組「バズリズム」にて2017年「今年ブレイクするアーティストTOP10」の第2位に輝いたけど、5位のNulbarichや4位の髭男の方がバズってるんじゃないかとか。

いや、好きですよ、僕は。ポルカの音楽。

ただ。

ポルカってやっぱり色んな意味で特殊なバンドだよなーというのはあって、一言二言モノ申したい気分にさせるところが確かにある。

せっかくなので、2018年5月9日に発売したセカンドミニアルバム「一大事」の感想も含めながら、ポルカというバンドについて自分なりに書いてみたい。

見せ方まで緻密に感じる

ポルカの作品からは、どうすれば聴き手に届くかを考え抜いたような緻密さを感じる。

MVであれ、作っている音楽であれ「こういうものを提示したらウケると思われるので、こういうものを作ってみました」という計算高さが目につく。

音楽だけでなく、その届け方まで緻密に設計しているように見えるところが、ポルカの魅力でもあり、人によって好みが分かれるところでもあるのだと思う。

ポルカの活動を見ていると、作品の発表からリスナーに届くまでの道筋を、丁寧に考えているように感じる。

その緻密さが作品にも表れているのが、面白いところだ。

バンド結成わずか3年ほどでここまでのバズを見せた理由を解説しているネットブログなんかを読んでみると、多くの方が「MVのあざとさ」を口にする。

確かにあざとい。

けれど、あざとさといえば、東京カランコロンやShiggy Jr.だって十分にあざといように感じる。それでも、今のポルカの躍進は目を見張るものがある。

わざわざドヤ顔で書くことでもないだろうが、ポルカにおいて「MVのあざとさ」はあくまでも入り口のひとつであり、そこから先が色々と巧妙で、なにより楽曲に魅力があったからバズったし売れたわけだ。

ただ、何よりもそれよりも、ポルカがバズるポイントは、彼女たちが超高速でPDCAを回しているところにあると思う。

ん?PDCA?なにそれ?って人は下記をみてほしい。こういうことである。

P→Plan:計画を立てる
D→Do:実行する
C→Check:評価する
A→Action:改善する

要は、計画して実行して改善策考えて、それを反映させてまた計画して実行する、っていうサイクルのことだと思ってもらえたらいい。

僕には、ポルカの作品や見せ方の変化が、このサイクルを思わせる。これは制作の内部事情ではなく、外から活動を見て受けた印象である。

例えば。

ポルカが注目されはじめた頃を振り返ってみたい。

初期のMVでは、僕には雫の存在感がとりわけ強く映った。

しかし、あるタイミングでポルカは舵を切り替える。

雫だけでなく、他のメンバーの個性も印象に残るようになった。

新曲「ICHIDAIJI」のMVをみてほしい。

ベースのユウキはバナナを豪快にほおばることで豪快な一面を見せている。

ドラムのミツヤスはMV後半で別の登場人物にセグウェイを取られてしまうことでオトボケキャラをアピールしている。

ギターのハルシは爽やかな笑顔をスローモーションにしたり、手のひらに載せて小動物っぽく何かを食べることで、カワイイキャラをアピールしている。

しかも、こういう「キャラを植え付ける描写」はあくまでもポイントポイントでチラ見せにしている。

ファンは、部分部分を切り取って妄想を膨らませてキャラ付けしていく。

MVのさりげない描写から、そんなふうに人物像を想像する楽しさが生まれている。

作品ごとに見せ方が変わっていくところも興味深い。ただし、どのような判断過程で変化させているのかは、作品から受ける印象だけではわからない。

作品を発表するたびに新しい見せ方がある。その変化の速さも、ポルカの強さなのだと思う。

そもそもあざとさなんてどうでもいい

MVの華やかさや雫の佇まいに惹かれる人もいると思う。

僕が特に惹かれるのは、その映像を支える音のほうだ。

やっぱり、ポルカを評価するとしたら単純に演奏の上手さだと思う。

確かにポルカの音楽って「こういう音楽をやったらウケるのがわかっているので、こういう音楽作ってみました」という計算高さが目につくし、聴き手を楽しませることを大切にしているように感じる。

例えば、今作のミニアルバムには恋愛ソングが何曲か入っている。

恋愛ソングにも、聴き手が入り込みやすい物語や言葉が選ばれているように感じる。

それを本人の実体験や本音と結びつけることはできないけれど、作品としてどう届くかを考え抜いている印象がある。

音にも、その姿勢は反映されている。

聴けばわかる通り、ポルカの演奏レベルは高い。

特にギターの果たしている役割は大きく、ギターのリフが前面に出ている楽曲も多い。

この聴きやすさにも、リスナーを楽しませる工夫を感じる。

邦ロックの沼に浸かる人がバンドサウンドで一番グッとくるのって何かと考えたらギターだよね。だから、ギターのリフが前面に出るようなサウンドを構築しがちだし、それを聴きやすい形でパッケージしました、みたいな感じ。

ギターソロなんて死滅しがちな今の邦ロックシーンにおいては珍しく、ポルカはけっこうギターソロを強めに入れてきたりするし。

低音域は、ギターや歌を支えるようなバランスに聴こえる。

逆に言うと、ベースもリフが強い部分はしっかりと聴こえるようにミックスしていたりする。

ドラムもバスドラのようなローの音はほとんど切ってしまい、シンバルとスネアをとにかくしっかり聴いてもらうような音作りをしているように感じる。

要は、ユーザーが聴いてワクワクする音は強調するし、そうじゃない音は(鳴っていたとしても)削ぎ落とすようにしているわけだ。

また、曲においては「ポルカが今、こういうジャンルをやったらお客さんにウケそう」ということをシンプルに考えたうえで骨格を作っている。

ミニアルバム『一大事』で言えば、「リスミー」は今のトレンドでシティ・ポップは外せないから、自分たちのお客さんに聴きやすいシティ・ポップを作ろうと考えて作ったらしい。

お客のことを考える→ジャンルを決める→どの楽器が必要か・どういう技術が必要か考える→実行、というサイクルで制作を進めるポルカの制作スタイル。

その発想ってすごくPDCA的だよねーという話であり、そういうPDCAのサイクルのなかで生まれた案を妥協なく実行に移せるのは、基本となるバンドの演奏レベルが高い水準にあるからだよねーという話。

不要な妥協は完全に取り払われたうえでポルカの音楽は鳴らされているから、聴いていても心地良いんだよなーという話。

ポルカの明確なる哲学

僕には、たくさんの人に音楽を届け、楽しんでもらいたいという姿勢が強く伝わってくる。

そんな目標を遂行するため、ポルカはどこまでもマーケティングを大事にしている、そんなバンドである。

作品や発信の仕方からも、リスナーとの接点を大切にしているように感じる。

PDCAを繰り返していくのも、そういうことなわけで。

ただ、僕個人としては、もう一歩踏み込んだ音も聴いてみたい。

例えば、EDMが流行ってるからEDMやるのって別にマーケティングでも何でもないし、売れている、人気があるものをトレースしてマネすることは、マーケティングではないわけだ。

マーケティングの基本は、どんな価値を、誰に、どのように届けるか、ということを考える作業にある。(平たく言えばの話だけど)

が、ポルカはあまりにも「どんな価値」という要素(=メッセージ)が不透明すぎるのだ。

「やりたいこと」を叶えるのが本来のマーケティングの役割だと思うのだが、ポルカの音楽からはそれが見えづらい。

リスナーを喜ばせたいのはわかるが、そこにコミットメントしすぎな気がする。

だから、ついついこんなことを思ってしまうのだ。

流行への目配りに加えて、ポルカならではの新しい提案も、もっと聴いてみたいなーなんて。

ここを踏み込んで、自分たちの鳴らしたい音楽がもっと見えてきたら、ポルカの音楽にもっとグッとくるんだろうなーと個人的に思うわけだ。

まとめ

聴き手を楽しませる工夫が一貫していることは、ポルカの強さだと思う。そのうえで、僕は彼女たち自身の衝動も、音の中でもっと感じてみたい。

そこをひとつ超えてポルカの音が鳴らされたとき、僕はもっとポルカという音楽チームにグッとくるんだろうなーなんて、そんな話。