SUPER BEAVERの「幸せのために生きているだけさ」を聴いて思う、フォームの変わらなさ

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アーティストがキャリアを積むと、そのフォームはどんどん変わる。

野球で言えば、最初はオーバースローのフォームだった選手が、気がついたらアンダースローで投げるようになっていたた・・・みたいな話。

そりゃあキャリアが長くなれば、色んな技で勝負する必要が出てくる。

なぜなら、受け手はどんどん慣れてくるからだ。

野球選手であれば攻略方法を研究されてしまうため、違う技で勝負する必要がある場面も出てくるわけだ。

アーティストだって、似ている部分があるのかも、と思う。

だから、引き語りを軸にしたポップソングを歌っていたアーティストが、あるタイミングでゴリゴリのロックチューンを歌うことが頻繁になるという例もある。

あるいは、最初は特定のロックジャンルでカリスマ性を発揮していたバンドが、いつの間にかヒップホップとかクラシック的サウンドに傾倒して、当時のジャンル性とはまったく異なる畑でサバイブするというケースだってある。

音楽の場合、勝負ではないけれど、リスナーのことを意識したり、自分の作品性を豊かにすることを考えると、生み出すものに変化を加えるケースが増えていくわけだ。

特に、そのジャンルで一度「やりきった」と感じたアーティストは、次の目標を違うジャンルに移して、サバイブするというケースがある、という話も聞く。

確かに、その分だけ、そのアーティストのディスコグラフィーは豊かになる。

それはそれで面白いことだし、ワクワクすることだと思う。

でも、その一方で、ずっと同じフォームを磨き続けている(と聴いているこっち側は感じる)タイプのアーティストもいるわけだ。

オーバースローであればオーバースローを、アンダースローであればアンダースローを、決め球がフォークなのであればそのフォークだけを、素早いストレートが武器なのであれば、その素早いストレートだけを、虎視眈々と磨くような、そんなタイプのアーティスト。

これは、これで強いことだよなーと感じる。

必要以上には変化せずに自分の武器を磨き続けるタイプのアーティストには、そういうアーティストにしか辿り着けない境地だったり、景色だったり、世界観を魅せてくれるように思うからだ。

そう考えた時、SUPER BEAVERも、常に己が持っている武器を研ぎ澄ませていく方向に、キャリアを詰んだバンドなのではないか?

そんなことを思うのである。

新曲「幸せのために生きているだけさ」を聴いて、改めてそんなことを思ったのだった。

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「幸せのために生きているだけさ」の話

「幸せのために生きているだけさ」は、ドラマ『マルス-ゼロの革命-』主題歌である。

そのため、その主題歌であることを踏まえた部分も作品の中には投影されていると思う。

尺の流れだったり、サビをぐっと引き込むアレンジだったり、バンド以外のアレンジの入れ込み方がったり、主題歌だからこそのポイントもあるようには感じる。

でも、それを踏まえたとしても、「幸せのために生きているだけさ」は、あまりにもSUPER BEAVERの音楽だなあーと感じる部分も多いのだ。

SUPER BEAVERの魅力は何ですか?と問われたら、あなたは、どんな答えが出てくるだろうか?

人の数だけ答えがあるかもしれない。

が、自分なりに回答するならば、ハートフルな言葉だったり、感情を揺さぶる熱いボーカルだったり、踊らせるビートメイクではなく拳を突き上げたくなるような実直なビートメイクだったり、ストレートに言葉を届けるメロディーラインとアレンジだったりが、魅力のひとつなのではないかと思う。

そう考えた時、「幸せのために生きているだけさ」って、それらSUPER BEAVERの魅力の全てが詰まった一曲だなあと思う。

きっと楽曲を聴いた人の多くが、ボーカルや言葉のハートフルさを実感したことだと思う。

こういう真っ直ぐな言葉に感情が宿るのは、柳沢亮太のソングライティングがあって、渋谷龍太のボーカルがあるからだと感じる。

ビートメイクにおいても、SUPER BEAVERらしい真っ直ぐさを武器にしながら、丁寧かつ真っ直ぐにリズムを刻んでいるし、メロディーとバンドサウンドの乗り方があまりにもシンクロしているように思う。

インディーズであることをひとつの肩書きにしていたSUPER BEAVERが、あるタイミングで再びメジャーデビューを果たすことを発表したとき、SUPER BEAVERの音楽性が変わるんじゃないかと懸念していた人もいたかもしれない。

タイアップが増えたり、メディア露出が増えることで、ライブに対する温度感が変わるんじゃないか?そんな風に思った人もいるかもしれない。

当時は。

もちろん、あの時とまったく同じということはないとは思うけど、バンドが持つ本質だったり、魅力の部分はあの頃と変わっていない。

新曲である「幸せのために生きているだけさ」を聴いて、改めてそんなことを思うのである。

なんせ、新曲のタイトルが「幸せのために生きているだけさ」である。

このご時世に、タイトルだけで、ここまで真っ直ぐ感を際立たせるバンドもそうはいないと思うし、SUPER BEAVERだからこその魅せ方だよなあ、と思うのである。

まとめに代えて

なお、このあとにはSUPER BEAVERはアルバムのリリースも控えている模様。

このアルバムでは、変わらなさと変わる部分をどのように表現するのかが楽しみである。

その上での(結果として)先行リリースとなったのが、「幸せのために生きているだけさ」というのもSUPER BEAVERぽくて良いなあーなんてことを思う、そんな自分。

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