前説
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Official髭男dismの 「I LOVE…」の感想について書いてみたい。
ちなみに、下記がその歌である。
それでは、いってみよう。
本編
すごい速さで進化していく
この曲を聴いて一番最初に思ったのは、髭男の進化の速度、とんでもねえな、というものだった。
この曲がいつ頃にレコーディングされたものかは調べていないので知らないんだけど、リリースの話だけで言えば、アルバム「Traveler」がリリースされてから、まだ三ヶ月足らずである。
なのに。
「Traveler」の作品を“あの頃”と呼んでしまっても差し支えがないほど、あの頃の髭男とは違った音楽がそこにはあった。
「I LOVE…」の過去の焼き直し感は一切ない。
進化した軌跡しか見当たらないわけだ。
まずは、ボーカル。
藤原のボーカルとしての表現力が、さらに神がかったものになっている。
元々、伸びやかなハイトーンボイスには定評があった藤原であるが、この歌ではハイトーンだけでなくて、低音パートでもぐっと世界に引き込む強さがある。
というよりも、低音もファルセットもお構いしに繰り出してくる凄まじさがあるのだ。
一番のサビを聴いてもらうと、よくわかる。
サビに「まるで水槽の中に飛び込んで溶けた絵の具みたいな」というフレーズがあるんだけど、このフレーズでの藤原の声の動き(音程的な意味で)がやばいのだ。
「の中に」って言ってる時、声は低くしてちょっとダークすら感じさせるトーンで歌っている。
んだけど、後半の「みたいな」ってフレーズを歌う頃には、天使のような歌声できれいなファルセットを繰り出しているのだ。
この、振り幅が、えぐい。
声の二重人格とでも言えばいいのか。
こんなにも声って軽やかに音符の上を移動できるんだ、と思わせてしまうような歌声なのである。
このフレーズの歌声でも藤原の進化を感じさせることができるのだが、真骨頂はサビの終わり。
サビのラストでは「贈らせて」というワードが出てくるんだけど、この最後の「て」の伸ばし方がやばいのだ。
普通に歌えば、もうこのサビのメロディーラインだけでもゴリゴリに体力を削られるはずだろうに、「て」の部分で、ここまでやるかってくらいに声を伸ばすのだ。
トルコ風アイスでもここまでは伸ばさないぞ、ってくらいに声の伸ばし方。
そして、この伸びやかなハイトーンボイスが、とっても気持ち良いのである。
もちろん。
こういうのって、音源ならなんとでもハッタリができる。
けれど、そうなるとライブでの再現性が乏しくなって、ライブでの披露は微妙になることが多いわけだけど、髭男の場合、そういう懸念が一切ない。
まだ聴いてないからわかんないけど、生だとたぶん音源よりもさらに迫力をもって、伸びていくと思うのだ。
音源がトルコ風アイスなら、ライブでは納豆の糸くらい伸びると思う。
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サウンドもすごい
初期の髭男はブラックミュージックがベースだった。
で、「Traveler」になると、かなりポップに舵をきっていたところがあった。
ということは、ここからさらに大衆性に舵を切るために、ポップ性を追求していくのかなーと思っていたタイミングで発表された「I LOVE…」。
この歌も確かにポップの枠組みには入るんだろうけれど、「Traveler」の頃のポップ性とはまた違ったポップ性を作り上げているように思う。
歌詞を噛み締めて聴くようなメロ重視の歌ものでありながら、そこに対するアレンジはダンサンブルという面白さがあるのだ。
イントロなんかは妙にキラキラしていて、その辺のアレンジも面白い。
この歌の歌詞は少しずつ、ちょっとした心情の変化が描かれるわけだけど、サウンドでも同様に、同じテイストのアレンジをループさせるのではなく、少しずつアレンジが変わっていき、曲の展開も変わっていくようになっている。
歌詞の変化とアレンジの変化がリンクしているところがあるのだ。
この歌の主人公の心情と、アレンジの変化はかなりリンクしているように思うわけだ。
2番のBメロからはゴスペルのような雰囲気になっていくんだけど、それはこの歌の主人公の心情を描くうえで必要なアレンジだったのかなーなんて思うのだ。
なにより、壮大なコーラスが重なっていき、「I LOVE…」が多重的になるところがポイントだと思う。
この変化って、つまり、この歌が紡ぐ「LOVE」が単なる男女間の恋愛におけるLOVEなだけじゃなくて、もっと多重な意味合いであることを喚起させていくのかなーなんて思うのだ。
シンプルだった愛はもっと深い愛に変わっていくというか。
様々な愛の形
髭男の歌詞のすごさっって、ひとつの歌詞解釈では留まらせない多様性を持っているところにあると思う。
要は、聞き手の価値観が歌詞に反映されていき、多様性の持つ人ほどその歌詞がより鮮やかに見えてくる、という面白さがあるわけだ。
「I LOVE…」も、人によって女々しい男の恋愛ソングというふうに捉えることになるだろう。
でも、この歌って「単にそういう歌なのである」という評価ができないところがある。
「愛」って言っても、人の数だけ色々あるわけだ。
家族やペット、あるいはミュージシャンとリスナーの関係性だって“愛”が芽生えることもあるだろうし、もっと大きなものを指差して愛と語ることもできる。
そして、この歌はそういう様々な愛に置き換えて捉えることのできる、多様なものを描いているように感じるのだ。
少なくとも、男女間の恋愛だけを指差しているものとは、思えない。
ある種の多様性を包括している。
そういう含みを、この歌全体から感じるのである。
まとめ
総じて言えば、髭男らしい歌だなーという印象。
でも、それは過去の髭男の焼き直しではなく、2020年の新たなモードを示唆したうえでの、というところ。
ここがすごいと思うのだ。
きっと髭男は2019年以上に、2020年も存在感を示すのかなーなんて思う。
代表曲は「Pretender」・・・なんて言っている現状は、あっという間に過去のものにしてしまうのかもしれない。
新曲を聴いていると、そんな予感しかしない。
関連記事:Official髭男dismの「Traveler」における個人的な感想
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