前説

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よくこの歌が優勝だ!みたいな言説があると思う。

Official髭男dism(以下、ヒゲダン)に関しては、とにかく良い曲を量産していて褒めることしかできないなーと思ってはいたんだけど、今年リリースした歌で優勝した曲といえば何?と問われたら、きっと僕は迷わずに「Pretender」と答えていたと思う。

なぜなら、この歌のメロディーに勝っている曲はないと思っていたし、令和最初の国民的ヒットソングという冠はこの歌にこそ相応しいとずっと思っていたから。

だから、今回のアルバムでも、全体的に名曲が多いのは承知の上だけども、今年の優勝は何?と問われたら、「Pretender」になるはずだと思っていたのだ。

そう。

昨日までは確かにそう思っていたのだ。

謝ってほしい

ヒゲダンメンバーがもしこの記事を読んでいるなら謝ってほしい。

10月9日はスピッツやユニゾンをはじめ、「特に自分が好きなバンド」が新曲をリリースした日なのだ。

他にも聴きたい作品がたくさんあるのだ。

なのに。

こんな名曲を聴かせられたら、なかなかに他のバンドに乗り換えられないではないか。

いや、マジでマジで。

そうなのだ。

今、僕はヒゲダンのループを抜け出すことができない。

まるで「イエスタデイ」の世界に放り込まれたようだ。

そして、ぶっちぎりで優勝すると思っていた「Pretender」は、いつしか優勝すら危うくなってしまっていることに気づく。

ここで、優勝候補として名乗りをあげたのが「ビンテージ」という歌だ。

この記事では、そんな「ビンテージ」にスポットを当てたい。

ビンテージという歌がヤバイ

あのね、もしまだこの曲を聴いてない人がいるのだとしたら、まずは一回聴いてほしい。

音源が手元にない人はわこれを機会にサブスクに入ってでも聴くべきである。

話はそこからだ。

で、聴いてもらったらわかると思うんだけど、まず、この歌、メロディーが素晴らしいのだ。

「Pretender」もそうだったんだけど、メロディーの良さが90年代の音楽黄金時代のそれなのである。

最近の音楽って時代が時代だけあって、聴き流すことを踏まえられていたり、切り取られて聴かれることを念頭に置いていたり、ライブで盛り上げることを重視していたり、サブスクで聴きやすいようにカスタマイズされがちである。

が。

ヒゲダンの歌は、そんなことを一切無視している。

少なくとも、「ビンテージ」は完全に無視している。

で、メロディーに特化して磨かれまくっている。

というか、小賢しマーケティングは無視して、良い歌にすることに全振りしていると言えばいいだろうか。

90年代の音楽に熱中していた人ならわかると思うのだ。

なぜ90年代の音楽に熱中したのか?ということを。

その時の熱中と同じ「良さ」がヒゲダンの音楽に詰まっているように感じるのだ。(ちなみにこれはヒゲダンの音楽が90年代的という話とはまた違う)

何度も聴きたくなるメロディー。

歌詞の物語を意識して、それぞれ違った魅力を持たせたAメロ、Bメロ、サビのパート。

サウンドの余計な主張は廃して、メロディーが輝くためには、どうすればいいのかの計算がされたサウンド。

かといって中身のないサウンドでもない。

AメロとBメロで大きく空気が変わるのは、それぞれの楽器隊が然るべき役割に移行し、細かなサウンドチェンジを行うからだ。

この細かさが素晴らしいのだ。

例えば、Bメロになるとギターが一旦身を引くところ、ドラムが叩き方を変えるところ、オルガンが少し強めに出るところ、Bメロの終盤にピアノが単独になる部分を一泊置いて、その後にギターが息を吹き返すところ。

全てが完璧に計算されているのだ。

サラッと聴く分にはそこまで気にならないけれど、Bメロが印象的なブリッジになっているため、サビのドラマチックさが際立っている。

全体的なサビがドラマチックだからこそ、ラストのサビの盛り上がりは、より劇的になっている。(2番のサビがカットされている点も重要なポイントである)

なにんせよ、歌の良さを底上げしているのは、こういう細かなサウンドメイキングを行っているからという話。

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歌詞が素晴らしい

この歌が素晴らしいのはメロディーが良いからだけど、きっとメロディーにこだわっているのは、歌詞を届けたいという想いが強いからだと思うのだ。

いや、ほんと、もうね、この歌詞が素晴らしいのだ。

痛みとか負の感情を肯定してしまう歌。

クリーンという意味ではポップな大衆ソングなのかもしれないけれど、でも、そのメンタリティーは、単に聴く人の数だけを意識した売れ線音楽ではない。

届いた人にだけきちんと届いたらいいというか、きちんと個々に目を向けた雰囲気の歌なのである。

当たり障りのないことを言っている歌なんじゃなくて、個々がそこから自分に想いを寄せる余地がある歌とでも言えばいいだろうか。

ラブソングっぽいを装いだし、そういう読み方の方が正しいのかもしれないけれど、他の読み方にも耐え得る歌であるところがポイント。

例えば、ブレイクしたことがきっかけでヒゲダンのことを聴くようになった人に向けての言葉として、取ることもできる。

少なくとも「君」とのスタンスがこんな藤原だからこそ、ヒゲダンってこういうバンドになったんだなーってことを、すごく感じるというか。

傷も肯定して、褪せた想い出もビンテージだと褒めて、想い出を星の数にして笑える藤原だからこその歌だし、そういう歌が映えるのはヒゲダンというバンドだからだと思う。

差別を肯定して、ヘイトに拡散するようなバンドじゃ説得力を持って歌えない歌だと思う。

なお、この歌は、今の心を歪まないために例える言葉を探すといって、締めている。

だからこそ、この歌のタイトルは「ビンテージ」という例えの言葉にしたのだろうし、このアルバムのタイトルが「Traveler」という例え言葉なのも、そういうことなのだろうと思ったりする。

要は、この歌を通して、アルバム全体のヒゲダンのメッセージも見えてくるという話。

まとめ

で、結論。

要は、自分はこの歌のメロディーと歌詞にやられてしまったという話であり、だからこそ、この歌が優勝候補になったというわけだ。

しかも。

こんな名曲ど真ん中の歌をアルバムのど真ん中に持ってくるあたりが、今のヒゲダンのヤバさを物語っている。

だってさ、普通、この曲はアルバムのもっと後半のとっておきの場所とかに配置すると思うのだ。

なのに、真ん中。7曲目。

真ん中なのに、このドラマチックさに耐えうるアルバムなのだ。

ね?

いかにヒゲダンがやばいかがわかるでしょ?

そんなヤバイアルバムを10月9日にリリースしたヒゲダンは謝罪してほしい。

なんせ、他の方に手がつけられないから。

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