バンドマンへの敬称、ムズすぎ問題
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バンドマンの敬称、何にするのかってわりと悩んでしまう自分。
いや、そんなもん、好きなふうに呼べばいいやん、というのはあるんだけど、気がつくと微妙な線引に誘われるケースってあると思うのだ。
呼び捨てにするケース
わりと普通にバンドの話をしている際にバンドマンが登場する際は、そのバンドマンが自分の年齢より上だろうが下だろうが、普通に呼び捨てにする。
年功序列における礼儀をバチクソに重んじる人でも、仮に海外バンドの話をする際は、どうみても自分より年上でも「ポール・マッカトニーさ〜、凄いよね」みたいな感じで普通に呼び捨てにする。
逆に脈絡「ポールさん」とか言い出したら、不気味に見えるケースもありそうだ。
いや、海外なんだから、「さん」じゃなく「Mr」が正しいでしょ的なツッコミを使うまでもなく、こういう場合に、敬称をつけて名前を出すのはレアケースだと思うわけだ。
「さん」付けにするケース
一方で、逆に「さん」をつけないと気持ち悪いというケースもある。
バンドマンでいえば、10-FEETのTAKUMAとかELLEGARDEN/the HIATUS/MONOEYES/the LOW-ATUSなどで存在感を放つ細美武士とか、わりと「さん」付けで呼ぶ方がしっくるケースが多い(という人は多いと思う)。
これは、そのバンドマンとの距離感の問題かなーと思っていて。
ポール・マッカトニーのように、超絶遠い存在のアーティストにおいては、距離が離れすぎているが故に呼び捨てにするくらいの方がしっくりくるが、もう少し近い距離にいると感じられるバンドマンだと、愛着も含めて「さん」付けするケースがあるのかなーと思うのだ。
そもそも、あだ名
でも、もっと距離感が近いというか、親近感が強くなると、「さん」付けよりもあだ名呼びが増えるケースもある。
ASIAN KUNG-FU GENERATIONのゴッチはその代表ではなかろうか。
自分のまわりで、ゴッチのことを「後藤さん」と呼んでいる人はいない。
「後藤」呼びだと、切れ味鋭いツッコミに定評があるフットボールアワーの後藤だったり、変幻自在の憑依系コント師としても定評のあるジャルジャルの後藤だったりが連想されるので、「ゴッチ」の方がすっとあの顔が浮かぶのかなーと思う。
幸い、後藤の名前の著名人は多いが、「ゴッチ」呼びの倍率はそこまで高くなく、故にアジカンのゴッチはゴッチ名を不動のものとしている印象を受ける。
BUMP OF CHICKENの「藤くん」や、THE ORAL CIGARETTESの「やまたく」もそのカテゴリーに属しているといえよう。
「ちゃん」付けにするケース
フォーリミのGENはわりと「ちゃん」付けされているのではないかと思う。
あと、マキシマム ザ ホルモンの上ちゃんや、女王蜂のアヴちゃんや、好き好きロンちゃんのように、「ちゃん」付けしないとどうしてもないというケースがまれに存在している。
「くん」付けするケース
学校とか職場なら「くん」呼びはけっこう聞くけど、バンドマン呼び界隈だとあまり聞かないかもしれない「くん」呼び。
たまに対バンとかで、関係性がよくわからないバンドマンのどちらかが相手方のことを「くん」付で呼んでいると、そこで関係性がちらりと見えて、むむっ!となるケースがあった。
なお、マキシマム ザ ホルモンの亮君のように「くん」付は「くん」でも、その「くん」はあの「くん」とはまったく違うというパターンもある。
くんくん。
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敬称、ムズい
自分の場合、もっぱら文章で表現する際は「敬称はなし」というルールにしている。
というのも、変にあだ名で呼ぶとちょっと文章の温度感的に香ばしさが増すかなーと思うし、「さん」付だと、その距離感なんだよ感があるし、人によって付けたり付けなかったりもなんだか気持ち悪いので、余計なこと考えるくらいなら全員敬称なしじゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ということで、ある日からほとんどの場合、敬称はなしで表記するようにしている。
まあ、このルールを敷いて不便することはあまりないんだけど、たまに自分は<リアルでその人のことを知っている>あるいは<対面してしゃべったことがある>というケースがごくまれにある。
この場合、敬称の判断がバグってくるのだ。
当然ながら、文章では敬称をつけない場合でも、対面ではゴリゴリに「さん」呼びにする。
たまに音楽関係者なら「おれはお前らの人生の先輩だぜ」感を出して、タメ口度合いMAXで接するスタンスの人もいるが、自分はそういうスタンスで人に接せられるほど音楽業界に関わっている人間ではないので、どういう相手でもどういう立場の人でも、ほぼほぼ「さん」呼びにする。
ただ、文章では敬称をつけないというのがある中で、ライブとかみると感想ツイートをつぶやくとする。
仮に「●●の圧倒的なボーカルがあまりにも圧倒的で、その圧倒的な衝動に圧倒された」みたいなツイートをしたとする。当然、その●●は呼び捨てだ。
でも、仮にその●●が「ありがとうございます!!!!!!」みたいなリプを送ってきたとする。
すると、自分の敬称に対する距離感がバグってしまう。
さっきまで「●●の圧倒的なボーカルは圧倒的だった」みたいなテンションで言葉を発している人間が、その人に対して返事のリプする際、「●●さん、ありがとうございます!!」みたいなリアルで接したときのその感じで返事をするのか、「●●のその返事も圧倒的だ」みたいな文章を書くときの俺はまだここにいるぜ!!!!なテンションのアレでいくのかで、ぶひゃあ〜となる。
いや、別に誰も気にしていないから好きにしたらいいやん、という指摘はあるだろう。
でも、なんか急にキャラが変わってしまう自分、恥っっっっとなって、そのリプに「いいね」だけ押して、姿をくらます自分がいるのである。
まとめ
話がだいぶ脱線したが、敬称ってムズいよね、という話。
本人のリプとかは置いといても、話し相手によって「さん呼び」した方が円滑に会話できる人と、「呼び捨て呼び」した方が円満に会話できる相手がいるしね。
この判断を間違えて、妙な地雷を踏んでしまったとき、その場が微妙な空気になってしまうのである。
敬称はムズい。
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