前説
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自分にとってDragon Ashは、音楽が好きな頃にはすでに第一線にいたアーティストって感じだった。
なので、リアルタイムでDragon Ashを追ってきた人と、自分ではDragon Ashって見え方が違うのかなーと思う。
本編
Dragon Ashとの出会い
自分が能動的に音楽を聴くようになった頃には、Zeebraとのやり合いも終わっていた。
そのため、自分的には、公開処刑??なんじゃそりゃあって話だった。
ぶっちゃけ後追いで「Summer Tribe」を聴いてみたが、そこまで何も思わない自分がいる。
言われてみれば、Zeebraに似ているなーとも思うけれど、少なくとも自分はそこまで引っかからなかった。
後追いなため、そういう部分に対しては、フラットにしてDragon Ashを聴いている自分がいた。
自分がリアルタイムでDragon Ashを聴いたのは「Life goes on」からなんだけど、そもそも自分の中でこの歌が衝撃的だった。
ラップとロックが同居している、という時点で自分にとって驚きだったのである。
色んな音楽を聴いている人ならまた反応が違うのかもしれないが、当時の自分にとってはそれがまがいもなく新鮮だった。
なんせ、当時の自分の中でのラップといえば、KICK THE CAN CREWとかRIP SLYMEだった。
なので、ラップとロックって別のところにあるものだと思ってたのだ。
けれど、それがきっちりと一つの枠に収まり、かつそこで鳴らされるロックがバチバチにかっこいいのだ。
なんじゃあこりゃあ感は半端ないわけだ。
ボーカルがパートによって、クリーンで綺麗な声と攻撃的なダミ声を使い分けるところも個人的に衝撃的だったし、さっきまでゆったりとしたビートを流していたかと思えば、急にゴリゴリのロックのパートになるところも新鮮だった。
そして、「Life goes on」の後にリリースされる歌がこれである。
よりロックにサウンドが寄せつつも、ラップっぽいテイストも残っていて、何よりもサビの高揚感がすごい。
この歌で、一気にDragon Ashに心を奪われたことを今でもよく覚えている。
すげえ歌に出会ってしまったと、まだ脇もつるつるだった当時の自分は興奮したものだったのだ。
ドラムがドコドコなる感じとか、低音がゴリゴリな感じとか、スクラッチが華麗にキマっているところとか、当時の自分にとってサウンドのすべてが衝撃的だったのだ。
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様々な楽曲たち
Dragon Ashってサウンドがかっこよくて、ロック・バンドとしてのキレキレさみたいものも研ぎ澄まされているんだけど、サウンドを抑えたしっとりとした歌ほど、ぐっときがちだよなーと思うのだ。
「陽はまたのぼりくりかえす」もそうだし、「静かな日々の階段を」もそうだし、「Viva la revolution」もそうだけど、ゆったりとした歌にこれだけの名曲が揃っているゴリゴリのロック・バンドもそうはいないのではないかなーと思うのだ。
単純にゴリゴリしているのではなく、静かな曲でも琴線に触れるような曲が多いところがDragon Ashの特徴であり、魅力だよなーと思うのだ。
バンドが色んな音を磨いているからこそなせる技だと思うし、元々きれいな歌声を持っているKjのボーカルだからこそだよなーと思うし。
なにより、Kjが、ぐっとくるリリックを書くのである。
言葉だけ追ってもぐっとくるし、おまえこれ何歳で書いたんだよ、っていう悟りの開いたようなフレーズがすーっと胸に入るのである。
言葉の強さと、歌の静けさが強烈なタッグとなって、琴線に触れるのである。
ところで、静かな良さと、ゴリゴリの良さを持つDragon Ashの魅力が集結した名曲がこれだと思う。
「FANTASISTA」と並んで、何度もフェスなどで披露されている「百合の咲く場所で」という歌。
何度披露されても色褪せることのないこの歌は、Dragon Ashの中でも屈指の名曲のひとつだと思う。
メロパートは静かな始まりで、音の抑揚がほとんどない。
しかし、サビに入ると一気にバンドのサウンドが全開になって、そこから止まっていた空気を大きく動かしていく。
様々なサウンドを吸収したDragon Ashだからこその歌だよなーと思うのだ。
今のDragon Ashもかっこいい
ついついあの頃好きだったあの頃の歌を語ってしまいたくなるけれど、2017年にリリースされた「MAJESTIC」もめちゃくちゃにかっこよかった。
音像にこだわったと述べられているこのアルバムはたしかに、音の広がり方や配置のされ方が絶妙だよなーと思う。
どうしてもギターがうるさくなると、他の音をかき消したらベースの音が混ざってしまうことも多いけれど、Dragon Ashのこのアルバムはそういうことがない。
それぞれの楽器を綺麗に収音して、その音を絶妙な形に配置されている。
だから、どのパートの音もしっかりと堪能することができるのだ。
どのパートもかっこいいDragon Ashだからこそ、そういうミックスが冴え渡るし、他のロックバンドにはないカッコよさを感じる所以だよなーと思う。
まとめ
バンドの歴史をたどれば、これほどまでに“事件”が多いバンドはいないと思う。
メンバーに関してもそうだし、事件性に関してもそうだし。
サウンドだって、ヒップホップに傾倒していた時代もあったし、ダンサーをいれたときにも賛否がそれなりにあったし、パクリ疑惑で揺れ動いたときもあった。
でも、そういうことなんて些末だよなーと思うくらいに、かっこいいバンドなんだよなあ。
言葉とサウンドの説得力があって、全てを丸め込んでしまう力強さがあるんだよなーと思うのだ。
サブスクを通して、改めて楽曲を聴きなおしていると、そのことを強く思う。
きっと昨年のロッキンなどの大トリをひとつの終わりとして、これからは大型のフェスにはそこまで積極的に出てこない気がする。
でも、大型ロックフェスを語るうえでDragon Ashは外すことができない存在だし、その理由としての史実は知らなくても、曲のカッコよさに触れたら、なぜ彼らがそういう立役者なのかがわかるように思うのだ。
末永くかっこいい音を鳴らしてほしいなあ、とただただ思う。
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