西野カナの「トリセツ」の歌詞の良さについて書いていきたい。
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この曲、若者に支持される一方で、ネタにされたりバカにされたり、西野カナの歌が好きな人のことを「スイーツ脳」と呼び、下に見る傾向があるように感じる。
歌詞に納得できるのかどうかはともかくとして、西野カナの歌詞自体はすごく計算されたものであり、こういう人間に届けたい、こういう人たちの共感を得たいと考え、余分な己のメッセージは取り除いて歌詞を作っているように感じる。
すごくマーケティング的な歌詞である言えるのかもしれない。
そんなことを踏まえながら改めて歌詞を考えてみたいと思う。
作詞:Kana Nishino
作曲:DJ Mass(VIVID Neon*)/Shoko Mochiyama/etsuco
この度はこんな私を~ご了承ください。
この歌は取扱説明書という体をとって、自分の自己紹介をするという構造になっている。
で、ここに出てくる自分の紹介があまりにも自分勝手で、聴く人によっては反発心を招くようになっている。
しかも歌詞を読んでいけばわかるが、この歌は、自分は相手に対してこんなことをしてあげるということはほとんど語らず、一方的な自分の注文ばかりを押し付ける。
だから、西野カナが嫌いな人からすると、余計にむっとする構造になっている。
ここのフレーズでは出会ってそれなりの二人が、改めて初めて出会い、自分のことを「商品」に見立てて紹介する、という体裁をとっている。
急に不機嫌になることがあります。~とことん付き合ってあげましょう。
この歌は丁寧語の口調と、「ごめんね」というタメ語を併用している。
丁寧語がたくさん出てくるのは、説明書という体裁をとっているからだろう。
そして、「ごめんね」というフレーズは説明書として私ではなく、彼女としての私の言葉だからだと思う。
普段はなかなか言えないような言葉はあえて敬語にして、普段から素直に言える言葉はタメ語になって出てきているようにも感じる。
定期的に褒めると長持ちします。~余計なことは気付かなくていいからね。
この部分も同じである。
丁寧語とかタメ語を上手に使い分けている。
程よいタイミングでタメ語を使うからこそ、機械的な歌、それこそただの説明書のような歌ではなく、普段は察してほしいから内緒にしているけれど、今日は特別な日だからあえて赤裸々に思っていることを白状します、っていう感じが出てくる。
私があなたというたった一人のためにこの説明書を伝えている、という感じがすごく出てくるわけだ。
なによりこれが共感を生むということは、男はそんなことすらまったく気づけない鈍感な生き物であるということ。
この歌は大好きモードの人だからいいけど、女の人が別れを切り出す場合も、こんな風にして口には出さない鬱憤をため込んでいるわけだから、彼女がいる男性は色々と見直す必要がある。
それこそ西野カナのことをバカにしている女の人だって、彼氏の鈍感な部分に思うところがあるのは間違いないのだから。
もしも少し古くなってきて~あの日を思い出してね。
出逢ったあの日を思い出せば、目移りが止まるのかはよくわからないけれど、このフレーズでわかるのは、この二人は「古くなると感じるくらい長く付き合うつもりである」ということ。
結婚をにおわせている、とも言える。
こういう歌詞を忍ばせる意図はつまるところ、結婚式で使ってもらうという算段なのだと思われる。(歌詞全体を読めばわかるが、結婚式で使うにふさわしくない単語が一切出てこない辺りも計算されている)
とはいえ、結婚式で限定されるような使い方をされるのは本末転倒だからこそ、この辺りはやんわりとした表現にとどめているのだ。(凡庸性が高くすることで、色んな場面でこの歌を使ってもらおうと考えているわけだ)
これからもどうぞよろしくね。~永久保証の私だから。
サビは完全なる敬語抜きである。
ここが本音だよ、というアピールである。
わがまま言うのはあくまでもあなただからだよ、というわけである。
「笑って許してね」というフレーズがすべてを物語っている。
つまり、説明書を読み上げている自分自身が無茶を言っていると理解しているということであり、それだけ二人の関係の成熟さも表しているわけだ。
だって、永久保証の私、って普通に考えたらなかなかに重い言葉だしね。
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2番をみていこう。
意外と一輪の花にもキュンとします~手紙が一番嬉しいものよ。
このフレーズには、あるあるネタが3本入っている。
・花もらうの好き
・プレゼントもらうの好き
・手紙もらうの好き
である。全部もらうものじゃねえかと言いたくなる。
ただ、高級品なんていらなくてあなたが用意できるものなら何でも嬉しいんだよ、というのがこのフレーズのメッセージだとは思う。
冒頭の「意外と」というのがすごくポイントで、このフレーズにより主人公の人物像が少し浮彫になる。
花なんて好きそうじゃないのに、花をもらうと嬉しいよ、というわけである。
ここのリアリティはポイントだと思う。
また、プレゼントという言葉に対しても「ちょっとした」という言葉を添えているのがポイントである。
ここに宿るリアルさがこの歌の共感を生むわけだ。
なにより、花、プレゼント、手紙というのはプロポーズを促すような言葉のように見えるし、「手紙が一番嬉しいものよ」という締めくくりは、結婚式を想定したフレーズであるようにも感じる。
もしも涙に濡れてしまったら~あなたにしか直せないから。
この辺り余計なフレーズを並べて雰囲気を壊したくないから、無難な言葉を並べたように感じる。
ただ、2番は付き合ってからそれなりの関係のことを歌っているフレーズであることがわかる。
1番よりも想定されている二人の時間が経ったという感覚である。
ここもポイントである。
これからもどうぞよろしくね。~永久保証の私だから。
一番のサビとは違い、「許してね」を「頷いて」に変えたのは、なぜだろうか。
それは、1番はわがままを言い、いわゆる本音ターンだった。
2番も本音ターンなのだが、その質が違い、ずっと付き合ってきた私たちがついに結婚するんだよ、ということを予感させるフレーズとなっている。
2番のAメロがプロポーズを促すようなフレーズだったから、ここは「頷いてもらう」必要があるわけだ。
たまには旅行にも連れてって~全部受け止めて
ここのフレーズは結婚後の暮らしについて述べられているように思う。
実はこの歌、1番と2番と3番で設定して語られていることが明確に違うのである。
1番は出会って深い関係を築くまで。
2番は深い関係を築いてプロポーズするまで。
3番は結婚後の暮らしについて。
それぞれテーマをもって、自分の要望を取扱説明書になぞらえて訴えている。
このフレーズなんて要望のラッシュである。
しかも「記念日」という言葉もしっかり忍ばせている辺りアレである。
これからもどうぞよろしくね。~永久保証の私だから。
言いすぎたことに対する予防線は「笑って許してね」の言葉に張っているわけだ。
まとめ
歌っている内容は誰にでもわかる。
内容は「わたしのことをずっと好きでいて」というものだから、ついついくだらないと蔑み、スルーしがちであるけれど、このメッセージをどういう形で伝えれば人の心に残るのか、共感してもらえるのか、なにより色んな場面に使われる音楽として生活に根差した音楽としてたくさんの人に聴いてもらえるのか、ということをしっかりと考えたらこそ、このような歌詞になったのだと思う。
色んな音楽を聴けば聴くほど、ポップスの普遍性や人に合わせすぎている部分に、嫌気を感じてしまいがちだが、この歌はヘビーな音楽リスナーではなく、結婚を考えている恋人に届くことを考え、作られたものなのだ。
切り口を変えれば、これほどに計算されたポップスはないと思う。
そういうことも含め、音楽というのは奥深いのだと個人的には思う。
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