ライブ撮影は解禁した方がいいと思っていたけど、今は考えが変わったという話

5年くらい前の自分は、「ライブの撮影はしていいんじゃないか」「SNSと組み合わせることで見込み客にもリーチし、新たな世代の音楽リスナーを獲得する一助になる」「音楽以外のカルチャーがどんどん無料になっている時代なのだから、ライブへの入口も、それくらいカジュアルなものであるべきではないか」と思っていた。そんな時代もあった。

でも、生成AIが普及し、SNSが悪い意味でどんどんカオスになっている。もはや「音楽って良いよね」「このアーティストって良いよね」くらいのコミュニケーションですら、気を使わないとどこから槍が飛んでくるかわからない。そんな時代なら、むしろ閉じるべきところはどんどん閉じた方が、結果的に健全なのではないか? そんなことを感じるようになったのだった。

また、ライブマナーの観点からも、一度「撮影すること」が当たり前になってしまったオーディエンスの姿を想像すると、わりと地獄だなーと思う。海外ライブのハイライト映像では、アーティストを囲むようにオーディエンスがスマホを掲げ、ほとんどの人がスマホ越しにライブを観ている光景を目にする。しかも、そこにインフルエンサーのインプレッション稼ぎや、YouTubeでの小遣い稼ぎまで絡んでくると、なおのことオーディエンスの絵面は汚いものになる。今でも、撮影するオーディエンスと、セトリおじさんやテキスト系のバズ目的インフルエンサーのどちらが良いのかは、微妙なところだ。とはいえ、「撮影すること」が当たり前になったときに、オーディエンスが失うものを想像すると、撮影をなるべく控える今の空気感の方が尊いのではないか、と考えることも増えてきたわけだ。

少なくとも、5年ほど前の自分が想像していた「ライブ撮影を解禁することで生まれる可能性」と、今の自分が想像する「撮影を解禁することで失われるライブの魅力」を天秤にかけると、今は、得られるものより失うものの方が大きいのではないか、と感じることが増えた。

ライブ撮影に限った話ではないが、数年前の自分なら「こっち!」と思っていただろうに、SNSの空気感の変化や生成AIの登場によって、自分のスタンスが真逆に変わったことはわりと多い。

そもそも、音楽はある程度まで多くの人に開かれていく方が、長期的な視野で見ればきっと素晴らしいはず、というスタンスが自分にはあった。だからこそ、ロックフェスに色んなジャンルのアーティストが出ることにはかなり肯定的だったし、メディアやカルチャーがごちゃまぜになることにも大きな可能性を感じていたタイプの人間だった。でも、「アイドルがロックフェスに出ることが当たり前」になってくると、本当にそれが最適解なのか、「なんでもあり」の方向に、そこまで振り切っていいのか? みたいなことまで考えるに至っている。今でも「このアーティストはロックフェスに出るべき」といった軸で考えることはいっぱいあるけど、「なんでもあり」というより、誰にオファーするのか、その意図が見えるフェスの方が、客として行くときのワクワクは大きいなー、なんてことを反芻したりする次第。

今年のどのフェスがどう、という話ではないし、自分は自分で行きたいフェスに行くだけではあるんだけどね。

何が言いたいかっていうと、考えってどんどん変わっていくんだなーという、そういう話。