前説

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以前、自分はこんな記事を書いた。

関連記事:米津玄師「海の幽霊」がヤバすぎてゲロを吐く一方手前になった話

この記事で「ゲロを吐く」は比喩である。

それが米津玄師の作品がすごかったといいう比喩である。

実際、音楽で鳥肌が立つことはあってもゲロを吐くことなんてそうそうない。

言ってしまえば、音楽を聴く現象として変なことだ。

でも、そんな変なことが身体に生じてしまうほどの感動が宿ったというのがあの記事の言いたいことになる。

で。

新曲として発表された「感電」はどうだったか。

それがこの記事のポイントとなる。

早速、そのことについて書いてみたい。

本編

米津玄師の話

ことあるごとにこのブログでも取り上げている男性ボーカルは三人いる。

米津玄師と三浦大知と星野源だ。

なぜこの三人を頻繁に取り上げるかといえば、新曲をリリースするたびに「おっ」となるからだ。

前の「すごい」を超えてくるような凄さがあるし、故に作品をヘビロテで聞いてしまう。

とはいえ、米津玄師はここのところ「すごい」がピークにきている気がするのだ。

特徴的なのは、音の遊び方だろう。

人の声を楽器のように扱ったり、ボーカルを楽器のようにエフェクトをかけてみたりしていることが多く、「音の遊び方」が他のアーティストと大きく違うことがわかる。

音に対する嗅覚がずば抜けているというか、変態的な音の使い方をしているのに、それをキャッチーという名の秩序に収めてしまうのである。

「lemon」の頃は、「くえっ」という声ネタだけで話題になったけれど、何度も繰り返せばそれだけでネタにはならなくなる。

「凄い」はインフレしていき、「凄い」も普通になってしまう。

米津玄師の場合、そろそろそういう恐れが生まれるのではないかと思っていたのだ。

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超えてくる米津玄師

とはいえ、そういう思いは杞憂だった。

まあ、超えてきたというよりは、そういう魅せ方をしてきたのか、という驚きがある。

この歌のイントロだけでも、色んな音の遊び心が広がっている。

普通のイントロで鳴っている音の種類って簡単に言語化できるものだけど、米津玄師の場合、言葉しにくい類の音があちこちで鳴っている。

コーラスっぽい声も入っているけれど、それもエフェクトをかけることで楽器にしているし、徹底的に音で遊んでいることがわかる。

しかも、その遊び方に聴いているこっちも心をワクワクさせられるのである。

Aメロでも遊び心は炸裂する。

わんわんわん、というフレーズが出てくるんだけど、そのフレーズのケツには犬の鳴き声をさらっと差し込むのである。

日本で一番売れているアーティストの、満を持しての新曲。

しかもこれをドラマ主題歌であるはずなのに、容赦なく米津玄師ならではの遊び心を炸裂しているのである。

ここが、まずすごい。

色んな音がよく聴こえる

この歌って管楽器も鳴っているし、ギターとかベースの音も入っているし、音の三密って言っても過言ではないくらい様々な音が響いている。

はっきり言って、密である。

音に空間が埋まりまくっていて、下手をすれば「うるさい」という烙印をおされてもおかしくはないレベル。

なのに。

この歌ってびっくりするほどひとつひとつの音が綺麗に聴こえるのだ。

じっくり聴いてもらったらわかるけれど、耳コピする人にも親切なくらい、きちんとそれぞれの楽器の音が独立しているのだ。

一切、ぶつかることなく楽曲の中で存在感を示しているのだ。

これも、音への嗅覚がずば抜けている米津玄師だからこそのクオリティーだと痛感するのである。

まとめ

遊び心も炸裂しているのに、キャッチーで求心力のある歌を作る。

今の米津玄師の魅力がフルスケールで詰まった一曲だし、その完成度の高さに脱帽するばかりである。

いや、だってさ、一番ではわんわんわん、と言ったかと思えば、二番ではにゃんにゃんにゃんって言うんだぜ。

もう絶対ライブでこの歌を歌ったら、このフレーズで嬉しい悲鳴がアガるだろうし、それがわかっていてこれを忍ばせているに違いなくて。

うわあ〜。

ニクすぎてニクすぎてうわあ〜このヤロ〜って感じなのである。

何にしても、もうちょいしたらリリースされるアルバムが楽しみである。

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