キュウソネコカミが持つ面白さを改めて考えてみた

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一応、このブログはほぼ毎日くらいの頻度で更新しているし、新譜としてリリースされたものはある程度は耳を通しているので、自分的にはしょっちゅう話題にしているつもりだったんだけど、振り返ってみると、キュウソネコカミのことを単体で扱ったブログ記事は2019年で止まっていることに気がついた。

考えると、あれから4年も経過しているのか・・・マジか・・・となっている自分がいる一方で、近年で新しく”邦ロック”を好きになった人って、キュウソネコカミっはどういう映り方をしているんだろう、とふと気になった。

めっちゃファンですという方もいれば、代表曲であれば知っていますよという方もいるだろうし、存在は知っているけれど曲は知らないという人もいるだろうと思う。

それこそキュウソネコカミがブレイクにしてきた頃、当時の若手バンドが大好きですよ、という人に訊いてみると、当時の中堅バンドのことは全然知らないというケースもあったことを記憶しているので、若い人であれば、キュウソネコカミはあんまり知らない、という人がいても不思議ではないよなーと思った。

であれば、改めてキュウソネコカミの記事を書いてみようと思った自分がいたので、今回、「キュウソネコカミ」を題材にして記事を書こうとしている今がある。

キュウソネコカミって何が凄い?何が良いの?という点から、自分が思うキュウソネコカミの面白さを改めて記事にして、言葉にしてみたいと思う。

歌詞がぐっとくる

歌ってなんだかんだでメッセージ性が込められている。

それが「がんばれ」なのか、「あなたはあなたのままでいいんだよ」なのか、「おれたちって共に不幸だよな、やってられないよな」なのかは楽曲によって異なるが、歌詞を通じてアーティストからリスナーに対して、何かしらの想いをのせて歌う歌が多いことは確かであろう。

アーティストによっては、歌詞とはメロディーを当てこむため以上の意味はなく、音の響きだけでフレーズを構築しているという人もいるだろうが、それでも、並べた言葉が結果として何らかの意味を際立たせるケースは多い。

キュウソネコカミの特徴のひとつはここにいる。

というのも、キュウソネコカミって”メッセージ”として託すパターンが、とても豊富なのである。

例えば、「ビビった」

この歌って、すごく批評的な言葉が連なっているし、メジャーデビュー直後のバンドが書いたフレーズとしては、今聴いてもなかなかにパンチが効いた一曲であるなーと思う。

しかも、この歌。

リリースされたのは2014年であるが、今歌詞を聞きなおしても「現状」に刺さるフレーズが多いのだ。

あえて言えば、”ファッションミュージック”の定義が、ショート動画のブームにより、変わってしまったことくらいであろうか。

このように、キュウソネコカミの歌ってさーっと聴き流すにしては重い言葉で綴られている歌が多いし、コミックバンドの”ネタ”として聴くには切れ味鋭いのフレーズが綴られていることが多い。

方向性は「ビビった」と異なるが、「推しのいる生活」も社会性を放った眼差しで、ひとつの状況を丁寧に汲み取りながら、歌のメッセージに組み込んでいる印象を受ける。

令和になっても、定期的にそういう眼差しの歌はいくつか発表されている。

「戯我浪費」ではスマホ中毒になりがちな世の中に対して、微妙な視点で切り取りながら歌にしているし、「真理」ではこの歌が指している”陰謀”と”真実”については具体的な言及こそされていないが、SNSをみているとふわっと感じていることを絶妙な言葉遣いで歌に落とし込んでいる印象を受ける。

つまり、キュウソネコカミはブレイク当時から現在にいたるまで、変わることのない批評性を持ちながら、歌を作っていることがわかる。

近年、柔らかくてゆるいメッセージソングが話題になりがちな昨今においても、キュウソネコカミはこのスタンスはなくすことなく続けている印象で、それが作品の良さのひとつになっている。

一方で、キュウソネコカミは批評性のある歌一点張りではなく、リスナーにダイレクトにエネルギーを与えるようなメッセージソングも力強く歌う。

ちょっと前の歌であれば、「ハッピーポンコツ」のフレーズは、個人的にぐっときた。

“ポンコツ”な人を、独特の眼差しで肯定する感じが良い。

例えばだけど、歌と演奏が死ぬほど上手くて、あまりにも完成度が高いバンドがこの歌を歌っても、刺さる歌にはならないと思うのだ。

あえて言ってしまうが、キュウソネコカミはかっこよさとかっこわるさみたいなものを兼ね備えている。

そんな独特の立ち位置でライブを磨いてきたキュウソネコカミが歌うからこそ、この歌って刺さるんだよなーと思うし、フレーズのひとつひとつに等身大感が生まれる。

近年だと、「優勝」も良い歌だなあと思った。

キュウソネコカミの歌って、7割ネガティブ要素があって一回完全にへこたれている瞬間を見せるんだけど、それでも最後は残り3割で明日に繋がるエネルギーを生み出していく。

下になっていた目線を最終的には上にする感じなのが良くて、「優勝」でもそういうスタンスで言葉が綴られているのが、ぐっとくるのだ。

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ライブがかっこいい

さっきの項目とも少し通ずるところがあるのだが、キュウソネコカミって年々ライブのかっこよさが際立っているバンドである。

インディーズ時代の頃は、マジで危なっかしい感じだったし、スベッていくサマが面白い、みたいな逆接的な面白さを感じるタイプのバンドだった。

でも、毎年めっちゃたくさんのライブをしていくことで、ライブ力の筋肉がどんどんムキムキになっていき、気がついたらマジのライブバンドに化けていた。

当初は”コミックバンド”という肩書きで紹介されることが多かったこのバンドは、コミック性で魅了する(だけ)ではなく、熱量とか曲の繋ぎの展開とかで魅了するバンドに変わっていたのだった。

そういう地力がある中でパフォーマンスをするからこそ、「わかってんだよ」とか、「The band」とかパンキッシュなサウンドのメッセージソングが際立つし、ぐっとくるのだ。

この辺のライブの良さについて、一度フェス尺でもいいから体感してみて、というお話になってしまうのだが、今の流行りのバンドにはないかっこよさが宿っているということは、この記事でも保証しておきたいと思う。

まとめに替えて

キュウソネコカミって知らない人からすると、どういう立ち位置のバンドなの?と思うことが多いかもしれない。

なぜなら、複合的な要素が混ざったバンドだからだ。

当初はある種のサブカルっぽい立ち位置のバンドだったが、邦ロックシーンにおいてはメジャーなバンドになっていく過程で、さまざまな進化を遂げていったのだった。

その進化とは何かを短い言葉で伝えるなら、コミックバンドからライブバンドへの進化、だったということなのかなーと思う。

というよりも、両方をかっこよく、そして面白くできるようになった、という感じだろうか。

なんせ、批評性のある歌を歌いつつ、コミック性のある歌・魅せ方もできるし、ライブバンドとして熱量で魅了することもできるバンドって、他にいないんじゃないかと思う自分もいるし、マジで独特の立ち位置のバンドだって思うから。

特に近年はバンドとして、本当に色んなフェーズを経ていることもあり、バンドが持つ渋さもより深く滲んでいるのがポイントで、色んなベクトルで面白さを感じることができるめちゃ強バンドになっている。

そんな印象を受けるのである。

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