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スピッツが25周年、全国ツアー開催決定ということで、個人的にスピッツの歌の中でも5本の指に入る大好きな楽曲8823の歌詞考察してみようと思う。

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8823

作詞:草野正宗 作曲:草野正宗

さよならできるか 隣り近所の心
思い出ひとかけ 内ポケットに入れて

隣り近所の心とは、自分の心を誘惑する声を指すのだろう。

例えば、「ミュージシャン目指す」という自分の夢に対して「やめときなって。無理だって」みたいな否定的な言葉が述べられる、そんな否定的な言葉が「隣り近所の心」となる。

で、仮にこの主人公が「ミュージシャンを目指す」という夢を想起した場合、その夢を見るようになった元のエピソードがあるはずで、そのエピソードそのもののことを「思い出」と言っているのだろう。

ミュージシャンを目指すきっかけになったのは、好きなバンドに触発されたからかもしれないし、好きな女の子にモてたいと思ったからかもしれない。

とにかく夢を目指すに至った動機そのものを、ここでは「思い出」と表現しているわけである。

で、内ポケットというのは、それを心の中にしまうよ、みたいなニュアンスなのである。

もちろん、それは忘れ去るためではなく、その記憶を忘れないようにするためにである。

さて、次のフレーズをみてみよう。

あの塀の向こう側 何もないと聞かされ
それでも感じる 赤い炎の誘惑

あの塀の向こう側とは何だろうか。

セカイ系的な外側なイメージにも聞こえる。

夢の歌だとすれば、学校が内で社会が外になるだろう。

ただし、草野のセンスを考えると、この言葉には少しハレンチな意味合いが込められている気がする。

例えば、あの子のスカートの中の比喩表現とか、もっとキスのその先の向こうの行為のこととか、そんなことを指している表現のようにも見える。

童貞の妄想力の限界を指して、あの塀の向こう側と表現しているわけだ。

で、主人公はそれに誘惑されているという。

しかも赤い炎が燃えたぎるほどに。

これでわかるのは、主人公は壁の向こう側に対してストレートに、本気で執着していることである。

ねじ曲がった情熱であれば、草野の場合、赤い炎なんていう言葉を使わず、色で言えば青系を使うはずなのだ。

色でその人の思いの本気さみたいなものを表現するのが草野の表現方のひとつだから。

ただ、まあ、ここではこの歌を夢の歌と解釈してみて、この部分を素直に要約してみると「夢を叶えようとしてもあれこれ動いているけど、どうせ叶わないし叶えたって大したことないから辞めときなってと周りに諭される。けど、僕はムキーッ!って思うし、そんなことないもん!絶対叶えてやるもん!とメラメラと情熱を滾らせている!」みたいなニュアンスなのだろう。

さて、サビをみてみよう。

誰よりも速く駆け抜け LOVEと絶望の果てに届け
君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ

誰よりも速く駆け抜けるサマがまるで隼のような気がしたから、この歌のタイトルは8823になったわけであるが、なぜハヤブサを数字にしたのかは気になるところである。

これについては後述する。

まず見ておきたいのは、ここでは愛とかではなく、LOVEという言葉を使った理由である。

なぜか。

それはこの気持ちに愛のような清らかで尊い気持ちは薄いからだ。

どういうことかというと、ここの「ラブ」はラブシーンの「ラブ」にイメージが近いと思われるわけだ。

要はこの気持ちは、どこかしらハレンチな気持ちを混ぜ込んだ歪んだ情熱であるということ。

結果、それは愛というより、LOVEと表現した方が近い感情になったというわけだ。

ただし、何かに対して本気で向き合えば、失敗もあるし、失望することもある。

それをよく知っている草野はLOVEに対して、絶望を対比させたのである。

そして、次に気になるのは不意に登場する「君」である。

この君とは誰だろうか。

まずは、僕と君の間柄をみてみよう。

歌詞を見てみると、「LOVEと絶望の果てに届け」とある。

つまり、届けるものはメッセージなのか思いなのかはわからないが、それを君に届くかどうかはまだわからない距離にいるということである。

そこそこ距離があるというわけだ。

それにしても不思議だ。

君を自由にできるのは宇宙にただ一人だけと宣いながら、それを届ける過程で絶望を感じるかもしれない距離に君はいるという。

僕と君はすごく歪な関係であることがわかるだろう。

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ここではまだわからないことも多いので、2番の歌詞をみてみよう。

夜明けの匂いを 吸い込み すぐ浮き上がって
裸の胸が 触れ合ってギター炸裂!

1番とは打って変わって、事後の香りが匂い立つフレーズ。

草野の歌詞の特徴として、2番の冒頭にやたらと「現実的な景色」が表現されることが多いのである。

みてみよう。

夜明けの匂いということは、僕と君は一晩をともに過ごしたということだし、裸の胸が触れ合うということは「もうそういうこと、しちゃったわけやん」と思うわけだ。

ただ、最後がギター炸裂ということがポイントで、これ以上の妄想はもう無理だと言わんばかりにこのフレーズとともに、ギターが爆発する楽曲。

つまり、ギターでも鳴らさないとこの妄想は行き着くとこまでいってしまうよ、と言わんばかりではなかろうか。

いやいや、何を言っているんだと。

夜明けとは夢を目指す覚悟を見据えた主人公の決意の表現であり、裸の胸とは「夢に対する誠実な思い」の言い換えであり、それがギターが炸裂するくらい夢に対して燃えたぎってるんだぜ、という解釈もできそうな気がする。

わりとポイントなのは「すぐ浮き上がって」のフレーズだと思う。

つまり、主人公はそれまで沈んでいたわけだ。

1番のサビでは駆け抜けていたはずの主人公が沈んでいるというのはおかしな話だ。

いや、浮き上がるのは気持ちのことであり、落ち込んでいた気持ちが「浮き上がって」きたという意味だよ、とも見える。

では「触れ合って」の表現は裸の胸と何が触れ合ったのだろうか。

夢の歌路線で考えるならば、夢を目指すために「頑張ろう」と思える何かに刺激されたと考えられる。

まあ、先の歌詞をみてみよう。

荒れ狂う波に揺られて 二人 トロピコの街を目指せ
君を不幸にできるのは 宇宙でただ一人だけ

荒れ狂う波とは障害という言い換えができるだろうが、ここでふいに登場する「君」という存在。

トロピコの街とは夢と言い換えてもいいかもしれない。

ただ、二人で障害を乗り越えながら夢を目指すという意味合いであるならば、君を不幸にできるのは宇宙でただ一人だけとは妙な表現ではなかろうか。

1番では自由、2番では不幸という。

1番が幸せという言葉を使っているならまだわかるが、自由の対比として不幸は変ではなかろうか。

そもそも、なんで自由なのだろうか。

これではまるで君は僕のペットのようではないか。

魔物に囚われたお姫様が君で、僕はそれを助ける主人公だと言わんばかりではないか。

一体、僕と君はどういう関係なのだろうか。

次のフレーズを見てみよう。

簡単なやり方でいいよ ガンダーラじゃなくてもいいよ
愚かなことだって風が言う だけど

簡単なやり方でいいよ、とは要は方法は問わないということの言い換えである。

ちなみに、ガンダーラというのはこの文脈においてはユートピアとほぼ同義である。

そして、普通は風は喋らないが、あえてここで風に喋らせている。

そして、風は「愚かなことだ」と言っている。

要は僕は風とすごい近い距離にいるということであり、走っている途中のシーンをイメージした表現である。

走っているときに吹く風はやたらと冷たく、それが障害のように感じられ、まるで「愚かなことだ」と罵られているように感じている、そういう場面なのではなかろうか。

僕は君に「届ける」ために走っている。

でも、あの塀を飛び越えずにいる僕が情熱を滾らせながら、走っているのはなんのためなのか。

そもそも、僕と君との関係とは?

ただの恋人にも見えないが…。

最後のサビをみてみよう。

誰よりも速く駆け抜け LOVEと絶望の果てに届け
君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ

今は振り向かず8823 クズと呼ばれても笑う
そして 君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ

今は振り向かず君と…

まずここで押さえておきたいのは、8823を隼でもハヤブサでもなく、8823と表記した理由である。

意味もなく当て字にしただけかもしれないが、アルバムタイトルは「ハヤブサ」だし、歌詞の意味的にもハヤブサと表記した方がしっくりくる気がする。

それなのに、数字の当て字にした理由は、おそらく、より隼から遠いイメージに当てはめたかったのからなのだろうと思う。

比喩としてハヤブサという言葉を使うが、僕は隼とは似ても似つかない存在だよ、ということを示したかったのではなかろうか。

より強調的に。

もっと言えば、僕は隼のつもりなのだが、周りから見れば、それは隼と似ても似つかない姿だよ、ということをより強調したかったのではないだろうか。

草野は比喩を用いるとき、わざと単語を漢字ではなく、カタカナで使うことがある。

これはカタカナの方が味付がなく、よりのっぺりした印象を与えるためである。

その究極的表現が数字での当て字になったのではなかろうか。

考えてもみてほしい。

周りから「クズ」と呼ばれるような人間なのだ。

ここだって「バカ」とか「笑い者」とかならわかるが、「クズと呼ばれる」と表現されているわけだ。

余程、周りからみて僕は「きつい存在」だったのだろう。

それこそ隼なんてカッコいい存在とは対極の存在とでも言わんばかりに。

歌詞の最後、君と…と余韻を残して終わるわけだが、結局、君と何をするのか、この歌は何も語らない。

前述したように僕と君は触れ合える距離ではないのだ。

なのに、君を自由にできるのは俺だけだと威張るものだから、周りからクズと呼ばれている。

つまり、君は下手をすると、僕のことなんて認知していないのかもしれない。

君との思いは全て妄想だからこそ、君と…の後に言葉を続けられないのだ。

童貞が本当に意味で「えっち」を語ることができないように、僕は君と具体的に何をするのか語ることができないのだ。

思えば、主人公のことを伝える歌詞は「内側」のものが多かった。

塀の向こうを憧れるしかできない僕はは、心の内に炎を燃やしながら、いつか魔物から君を助けるヒーローになれることを夢想する。

妄想の中では自分は最強だから、君を自由にするのも不幸にするのも思いのままなのだ。

自分の妄想の話だからこそ、宇宙という規模ですらただ一人だけなのである。

簡単なやり方でいいし(努力はしたくない)、ガンダーラじゃなくてもいいし(所詮は妄想の中の話だし)、風にすらバカにされるような愚かなことだけど、別にいいや、と僕は居直るわけだ。

8823はカッコいい歌だが、カッコ悪い歌なのである。

っていう僕の8823の歌詞に対する妄想。

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