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米津玄師の「ピースサイン」の歌詞について書いてみたい。

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前置き

この歌は週刊少年ジャンプでも連載している「僕のヒーローアカデミア」の第2期アニメ主題歌であるが、この歌は元々このタイアップをもらう前から作っていた歌とのこと。

ただし、タイアップが決まったタイミングでアレンジを練り直し、本人曰く「アニソンの主題歌を書く以上は、そのアニメを観た人たちがその歌を聴くことで、記憶を蘇らせるようなパワーをもった歌を作りたい」という思いをもって今のようなアレンジにしたとのこと。

ちなみに米津自身にとっては、デジモンアドベンチャーの主題歌である『Butter-Fly』がそういう力のある歌なのだそうで、この楽曲も『Butter-Fly』を踏襲して作ったのだとか。

色んなアレンジを試した結果、ロック調がハマったとの感じたのも『Butter-Fly』が頭にあったからなのかもしれない。

そんなことを踏まえながら、歌詞について考えてみたいと思う。

歌詞

作詞:米津玄師

いつか僕らの上をスレスレに
通りすぎていったあの飛行機を
不思議なくらいに憶えてる
意味もないのに なぜか

不甲斐なくて泣いた日の夜に
ただ強くなりたいと願ってた
そのために必要な勇気を
探し求めていた

残酷な運命が定まっているとして
それがいつの日か僕の前に現れるとして
ただ一瞬 この一瞬 息ができるなら
どうでもいいと思えた
その心を

もう一度
遠くへ行け 遠くへ行けと
僕の中で誰かが歌う
どうしようもないほど熱烈に
いつだって目を腫らした君が二度と
悲しまないように笑える
そんなヒーローになるための歌
さらば掲げろ ピースサイン
転がっていくストーリーを

守りたいだなんて言えるほど
君が弱くはないのわかってた
それ以上に僕は弱くてさ
君が大事だったんだ

「独りで生きていくんだ」なんてさ
口をついて叫んだあの日から
変わっていく僕を笑えばいい
独りが怖い僕を

蹴飛ばして噛み付いて息もできなくて
騒ぐ頭と腹の奥がぐしゃぐしゃになったって
衒いも外連も消えてしまうくらいに
今は触っていたいんだ 君の心に

僕たちは
きっといつか遠く離れた
太陽にすら手が届いて
夜明け前を手に入れて笑おう
そうやって青く燃える色に染まり
おぼろげな街の向こうへ
手をつないで走っていけるはずだ
君と未来を盗み描く
捻りのないストーリーを

カサブタだらけ荒くれた日々が
削り削られ擦切れた今が
君の言葉で蘇る 鮮やかにも 現れてく
蛹のままで眠る魂も
食べかけのまま捨てたあの夢を
もう一度取り戻せ

もう一度
遠くへ行け 遠くへ行けと
僕の中で誰かが歌う
どうしようもないほど熱烈に
いつだって目を腫らした君が二度と
悲しまないように笑える
そんなヒーローになるための歌
さらば掲げろ ピースサイン
転がっていくストーリーを

君と未来を盗み描く 捻りのないストーリーを

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考察〜僕と君について〜

米津玄師の歌詞におけるインタビューなんかを読むと、米津玄師はずっと自分の歌を聴いてくれている人に届くように歌いたいとは考えつつも、歌詞に関しては自分のことや考えを歌ったものが多いらしい。

というのも、自分というフィルターを通さないと、歌というものは作ることができないからとのこと。

つまり、歌詞の着想としては、自分の実体験なり考えがあって、そこから言葉が紡がれているわけだ。

曰く「自分の子供の頃の記憶というか、そういうものを思い返しながら作りました。子供の頃、楽しかったこともいっぱいありましたけど、その反対側のしょうもない出来事とか苦しかった出来事みたいなものも自分の中で色濃く残ってるんです。だからそういうものを今一度呼び覚まして、今の26歳の自分と子供の頃の自分っていうものを対話させてできあがったのがこの曲です」

この言葉を踏まえて考えてみると、

僕→26歳の自分
君→26歳の自分の心に残る子供のときの自分

みたいな抑え方をすると、歌詞の輪郭が見えてくるようになるのではないかと思う。

「あの飛行機を不思議なくらいに憶えてる」の主語は「僕ら」としているのは、飛行機をみた記憶は昔の自分も今の自分も共有している出来事だからだ。(もっと言えば昔の自分が飛行機をみて、今の僕もその記憶を覚えている、というニュアンスの方が正しいのだろうが)

「遠くへ行け」と僕の中で誰かが歌うの「誰か」に関しても、自分に闘志をつけたのが誰なのを突きつけて考えていけば答えが見えてくる気がする。

あの頃の僕がいたから今の僕も夢を追いかけるわけで、歌うのは君=子供の頃の僕という認識が成り立つわけだ。

君は目が腫れるほど泣いてるけど弱くはなくて、僕はそれ以上に弱いというフレーズだって、君の辛い過去が今の僕を作っているんだけど、あの頃の僕が負けなかったから(夢を諦めなかったから)今の僕にバトンが託されているわけで、もし今諦めようとしているなら、過去の僕=君より今の僕が「弱い」ことの証明になるわけだ。

また、僕が独りで生きていくと宣言してから「変わっていく」ようになったことに関しても、過去の自分との決別というふうに解釈したら合点がいくと思う。

また、君の心に触ることができるのも、それが本質的には=僕だからだ。

ただし、あのときの自分の心は記憶の奥底に置いてしまったわけで、探るように心を探さないといけないのだ。

要は、あの頃に君(=過去の僕)が描いた夢を、今の僕(=この歌の僕)が実現させるため、二人で協力して夢を叶えにいこう、と再び奮起する歌なのだ、この歌は。

あの頃の僕にとって、自分がヒーローになれるように。

やがて、ピースサインを掲げられるように。

再び、あの頃の僕と対話して、もう一度踏み出すための歌なのだ。

そしてもっといえば、この歌をあの頃の自分と同じ年齢くらいの子供に聴いてもらうことで、やがて大人になってからこの歌を聴いたときに「あの頃の自分」を思い出し、あの頃感じていたこと、思っていたことを思い起こさせるトリガーになるような歌に「ピースサイン」がなったらいいのに、という願いを込めて、米津玄師はこの歌を書いたのだと思う。

自身にとって『Butter-Fly』がそうであったように。

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