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10-FEETが2016年7月20日(水)に5年ぶりとなるニューシングル『アンテナラスト』を発売する。

今回はその歌詞について考えてみたい。

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おそらく、ライブバージョン完成版をお披露目するのは京都大作戦になるだろうが、今年は京都大作戦はメロコア系のおっさんバンドが減って、若手バンドが増えてしまったから「なんか京都大作戦も変わってしまった」と落胆する人も少なからずいたことであろう。

でも、今回の10-FEETの新曲を聴いて思ったのは変わるべきところは変わっていってるけれど、根っこにある本当に大事なのは何も変えていない。

少なくとも10-FEETのメンバーからそれが滲み出てることがすごくよくわかった。

だって、この曲聴いてなんか懐かしい気持ちになったもん。

いつまで経ってもなかなかうまくならないTAKUMAのギターも、安定感もなくリズムパターンも決して多くないKouichiのドラマも、ますますサバンナの高橋似てきていることに関しては磨きがかかってきたNaokiのベースも、上手くないからこそ本当に心に届く音となって胸に響いてきたわけだ。

これ書いてる自分も錆びたアンテナを持つ側の人間になってしまったからなのかなーなんて思わなくもないけど、それ以上にTAKUMAの人間としての優しさが前面に詰まった歌詞だったからこそ、これだけ響いたのだと思う。

10-FEETの歌にして珍しく汚れながらも希望を歌っているわけではなく、どちかというと切ない言葉が目立つ。

それは2011年以降、震災を気に彼らなりに音楽で何を表現するべきかを徹底して考えてきたからかもしれないし、たまたまノートに書いた言葉がそんな感じの言葉になっただけかもしれない。

でも、この歌に限って言えば、真意なんてどうでもよくて、ただただ歌に寄り添っていたいと、そんなことを思える歌なのでした。

話を戻せば、確かに京都大作戦は変わってきている部分もあるのかもしれない。

でも、それは10-FEETのメンバーは周りを大事にして、色んな縁を結んできたバンドだからなのだろう。

エアジャム世代から、パリピなんて言葉がちらつくバンドの世代まで10-FEETは分け隔てなく縁を結んできた。

これって凄いことである。

そして、バンド界隈だけでなく、客層でもそうなのである。

この世代のメロコアバンドで、あれほど中高生のキッズに指示されているのは10-FEETくらいである。

かといって、昔からのファンが離れたかというとそうではない(この辺がバンプやセカオワとの大きな違いである)。

まだあの頃の青春ロックの魂は残しつつ、でも変えるべきところは変えてきた10-FEETだからこそ世代を超えて指示されるようになったのだろう。

で、そんな10-FEETが本気出して書いた本気な新曲なんだから良くないわけないってことである。

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そういうことである。

今年の京都大作戦もまたひとつ大きな伝説が生まれるのだろう。

<追記>
くどくどと書いちゃってなんだけど、京都大作戦のMCでTAKUMAがちらっといってたけど、この歌詞の本当の意味ってTAKUMAとTAKUMAのおばあちゃんとの思い出の歌なんだよなー。

僕はこのおばあちゃんが今どうされているのかまでは知らないし、TAKUMAは別にMCでおばあちゃんのことに触れただけで、この歌がおばあちゃんのことについて歌った歌とまでは言ってない。

けれど、おれのおばあちゃんは尊敬できる人やったー的なMCはしたわけで。

ただ、この歌をTAKUMA個人のものとして置き換えたら、おばあちゃんとかに置き換えることができるのかもしれないけど、それを歌にして、シングルにして、そしてライブで披露して誰かがそれをキャッチしたとき、そこに登場する「あなた」は、聴き手の数だけ生まれるわけだよね。

京都大作戦ってひとつの目標とか価値観を共有するからハートフルになるわけだけど、それが終わって一度社会に出れば、またそれぞれの物語が始まるわけで。

そうやってひとつの物語から色んな広がりが生まれ流って意味では大作戦も、アンテナラストの歌詞も似ているよなーと勝手に思うわけです。

何が言いたいのかよくわかんなくなったけど、この歌をきいて、この歌詞を読んで、胸が熱くなったんなら、その温度こそ全てってことだよ、きっと。

そういや、タイトルのラストは錆びたっていみであって最後って意味ではないのだそうな。

なので、アンテナラストというのは錆びたアンテナという意味なのである。

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