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桑田佳祐の16枚目のソロシングルとなる「ヨシ子さん」を取り上げてみたい。

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WOWOW開局25周年CMソングとなったこの曲。

こんな曲をA面にできるのは桑田佳祐だからこそ巷で話題になっている作品である。

桑田佳祐はその昔、歌詞なんて所詮歌詞であると言い切った人であるが、今回ははあえてそんな桑田佳祐の歌詞を全力で考察してみたいと思う。

※当記事について著作権違反という申し出があったため、歌詞の引用部分に関して一旦全て削除にしますが、お手数ですが、歌詞に関して別サイトでご参照になりつつ、当記事をお読みください。お手数おかけいたしますが、よろしくお願いいたします。

「R&Bってなんだよ~チキドン・・・」の部分。

桑田佳祐を60歳を迎えるに至って、ひとつの覚悟を決めたように感じる。

その覚悟とは、自分はおっさんになってしまったことを受け入れる、ということである。

だから、下手をすれば簡単に老害とののしられてしまうし、若者に言葉を届けることも容易くはなくなってしまったということだ。

それでも、同世代にだけ支持されるような回顧主義に走るのではなく、自分よりも下の世代、少しでも多くの、これから未来を担う若者たちにも音楽を届けようと本気でしている。

諦めているけれど、諦めてはいない。

そんな意志がこの歌詞からはにじみ出ているような感じがするのだ。

どういうことかひとつずつみてみよう。

まず、この歌詞は若者文化についていけていない「おっさん」を主人公にして、言葉を紡いでいる。

ただ、このおっさんは普通のおっさんと少し違っている。

というのも、桑田佳祐だって文字通りおっさん(なんならおじいちゃん)であり、今の若者文化なんてほとんど認知しておらず、若者の間でどんな言葉が流行っているのかとか、どんな音楽が流行っているのか(皮膚感覚として)理解できていないだろうから、この「おっさん」はあくまでも桑田が若者だったときの「おっさん」をイメージしたような物言いをしているのだ。

こういう設定だから「ヒップホップ」とか「ディスコ」とか、ちょっと古びた言葉がポポンと出てくるのだ。

今の若い人にディスコって何?ってきいても逆に「なんですかそれ」と聞き返されることであることは明白なわけで。

でも、いまどきの若者はディスコなんて知らないですから、別の言葉に置き換えようものならそれこそ変なことになってしまう。

ディスコなら「わざと時代をずらしたような言葉にしたんだ」と言い訳することもできるけど、変に本当の若者文化の言葉をずれた使い方をしてしまったら、それこそひどくみっともないことになってしまうわけだ。

おっさんが若者について書くのは色々とリスクがあるのである。

さて、次の歌詞をみてみよう。

「EDMたあ~チキドン・・・」の部分。

長岡針とはなんだ?という人もいるかもしれないけど、これはレコードの音を再生するときに使う針のことである。(厳密にいえば、その説明は違うので、ちゃんと言うと、「長岡」とは色んな針を作っている会社の名前のことで、なかでもレコードを再生するときに使う針に関して「長岡」という会社は有名だったのだ。だから、長岡針といえば、レコードの針と認知している人も多かったのだとか。で、この文脈で出てくる針も、おそらくはレコード針のことを指していると思われる)

さて、次にサブスクリプションの意味を説明する必要があるだろう。(この言葉は若者でも知らない人が多いのではなかろうか)

この言葉には色んな意味があるんだけど、ここでは音楽配信サービスのことを指しているのではないかと予想される。

例えば、アップルミュージックとかグーグルプレイとかlineミュージックはすべて「サブスクリプション方式」という販売方法を取っており、要は月額の使用料を払えば、各サイト(という言い方は厳密ではないけど)が置いている好き放題に聴くことができる、というサービス・ビジネスモデルのことなのである。

ここの歌詞は、「昔はレコードとかで音楽を聴いていたのに、今ではWEBを通じて月額サービスで音楽聴くんだってね、おっさんの俺にはわかんねえよ」というニュアンスなのだろうと思われる。

次の歌詞をみてみよう。

「可愛いネエチャンに~аh ah ah ah」の部分。

サビではいきなり恋愛(?)モードに切り替わるのが面白い。

結局、どれだけテクノロジーが進もうとも男は可愛い女が好きさ、ということを言っているのかもしれないし、おっさんになっても俺は可愛い女の子が相変わらず好きさ、ということを表明してるだけなのかもしれない。

まあ、環境が変わろうとも変わらないものもあるよ、というニュアンスであることはおわかり頂けるだろう。

で、そのフレーズのなかに出てくる、ディランという言葉であるが、これは「ボブ・ディラン」のことを指しているのだろう。

ボブ・ディランって誰?という人もいるので簡単に説明すると、存命しているアーティストの中でももっとも「レジェンド」と評して差し支えないのようなすごいアメリカのシンガーソングライターなのである。

この人、近代音楽にすごい影響を与えた人なのだ。

ただ、どういう功績を残したのかについては本文とあまり関係ないので、ググってもらえれば幸いである。

まあ要は、昔いた(おそらくはこのおっさんにとっては青春ど真ん中な)アーティストは「くよくよするな」って言ってたから、俺はその言葉を信じるよ、と言っているわけだ。

テクノロジーや世の中の空気はどんどん変わるけど、信じる言葉や価値は昔のもを信用するぜ、と決意表明しているわけである。

次の歌詞をみてみよう。

「真夏の太陽スゲエ~Are you happy?」の部分。

ここの歌詞については、一旦、解釈するのは保留にしておく。

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次のフレーズをみてみよう。

「R&Bってなんだよ~もう一度(refrain)」の部分。

教えてよ、という言葉を「オセーテ」と表記するあたり、この主人公と思われるおっさんはお酒に酔っているのではないかと想像することができる。

酔っているからこそ、普段は絡むことなんてできない若い兄ちゃんに管をまくことができていて、こんなぶしつけな質問をすることができているのだろう。

そんな光景がこの言葉からは浮かんでくる。

「オッサン、~エロボン・・・」の部分。

おっさんというのを「オッサン」と表記するあたり、ここでの「おっさん」という言葉も扱い方も微妙というか、絶妙というか、かなり複雑だったりする。

単純に若者がいう「おっさん」っていうのとは、またちょっと違うニュアンスが込められているのだ。

でも、これは具体的にこういう意味を内包しているからカタカナにしているのだ、みたいな言い方ができる類のものではなく、本当に微妙なところなので、あえて言葉は差し控えさせてもらう。

でも、「違う」ってことだけは頭に入れてもらえればよいかと思う。

「いい歳こいて~ ah ah ah ah」の部分。

ここでいうボウイとは「デビット・ボウイ」のことであり、「ブラックスター」とは彼の遺作になった作品のことである。

彼が亡くなったのは2016年のことなので、このフレーズによって、この歌は実は遠い昔ではなく、2016年という「今」を歌っているものであることが告発されるのだ。

ちみなにデビット・ボウイも一番で登場したボブ・ディランと同じくらいレジェンドなアーティストなのだが、その功績についてはあまり本文とは関係ないので、ここでは説明を割愛させていただく。

ここで大事なのは対比と類推である。

自分(主人公)もヨシ子さんという奥さん(?)に捨てられて別れることになったけど、デビット・ボウイは死んでしまったことによってこの世と別れることになったよ、みたいなことを歌っているわけだ。

ヨシ子さんもボウイももう戻ってこないということであり、ここに時間の流れや無慈悲さを表現しているわけである。


「真夏の太陽スゲエ~やっちゃえ ホイ!」
の部分。

このフレーズがこの歌のメッセージを色濃く反映しており、もっとも桑田佳祐の本音が出ているような感じがする。

行儀よく生きることも大切だけど、暗い顔しないでもっと明るく自分の本音とか衝動にもう少し正直になってもいいんじゃないの?若者たちよ、と歌っているわけである。

結局のところ、この歌詞で読んでみると、桑田佳祐は若者にエールを送りたかったのかもしれない。

おっさんになったからこそわかることがあって、でも、それをそのままの言葉で伝えようとしたら、老害みたいな説教の言葉になってしまい、若者に煙たがられてしまう。

だから、桑田なりに言葉を変えて、ふざけたように見せながら、そっとその思いを言葉に託したのではなかろうか。

タイトルのヨシ子さんってなんやねん?ヨシ子って誰やねん?というツッコミに関しては、実はまだよくわからない。

たぶん、昭和っぽい女の人の名前なら何でもよくて、そこまで深い意味はないのではないかと個人的に思うのだが、まだ気づけていない何かしらの論理があって聴いているうちに「はっ」て気づくことになるのかもしれないので、まだ明言は避けておくことにする。

そこがうまく説明できるようになったとき、この記事に改めて追記させてもらおうと思う。

<追記> 初代の林家三平さんが、昔歌っていた「好きです(ヨシ子さん)」というのがタイトルの由来みたいで、林家三平さんのお隣の奥さんの名前だったとのこと。 世代が全然違うので、なかなかぴんときませんが。

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