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さユり の 「平行線」 の歌詞について書いてみたい。

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前書き

タイトルで「クズの本懐」の主題歌に起用された理由は?とか言っちゃってるけど、そもそも、この歌は主題歌のオファーが来てから書き上げたものなのに、「何言ってんだおまえ」みたいな指摘もあるかと思うが、これはこちらのミスである。

で、オファーがきてから作った曲ということもあり、どうやらさユりは原作を読みつつ、この歌の歌詞を書いていったそうで、当然ながら原作とリンクするような書かれ方をしている。

クズの本懐の物語の構造は「結ばれない恋愛」にあり、それはまさしく相手との距離が平行線、交わりたいけど、交われない平行線の物語であるともいえる。

そんなことを踏まえながら、細かく歌詞をみていきたい。

本編

作詞:さユり

太陽系を抜け出して~平行線

さて、まず気になるのは平行線が交わるとはどういうことなのか、ということだ。

例えとして、4本の平行線と4本の平行線が交わる図をみてほしい。

つまり、平行線が交わるには、違う角度からその平行線を伸ばしていく必要があるわけだ。

上の図でいえば、縦の線同士で交わることはないのだから、交わらせようとしたら横から線を伸ばす必要がある。

太陽系を抜け出すというのは、要はいまいる場所とは違うところから線を伸ばしていくことになる。

平行線を交わらせるための必要最低限の条件となるわけだ。

私と君の影で考えるならば、隣に並んで歩いていたらそれは交わらない。

けれど、違う場所に立てば、その影は交わるみたいな感じ。

まあ、そのときその線はもう「平行線」じゃないだろうという指摘はあるんだけど、イメージとしてはそういう感じじゃないかなーと思うわけだ。

で、ここで考えなくてはならないのは「平行線」ってそもそ何の例えなのかということだ。

それについては歌詞の続きをみて考えてみよう。

「勇気がないのは~を探してた

恋愛をモデルケースにすれば、冒頭のフレーズの意味はとりやすい。

変に告白して関係を壊すよりも、友達として同じ今日を生きていくほうがまだ幸せであるということであり、友達だった間柄からの恋愛ではよくある事例である。

「思いは口に出せない」はまさしく告白のことで、「勇気が出ないのを時代にする」のは告白をしないことのただの言い訳である。

とはいえ、我慢していればその欲望が霧散するわけなんてなくて、付き合いたいという願いは頭の中で居場所を探しながらウロウロするだけなのである。

君の唇から~なりたい

要は付き合いたいということだろう。

溢れ出す言葉になりたい、とは名前で呼ばれたいということかもしれないし、好きという言葉を君の口から言われたいということなのかもしれない。

いずれにせよ、もんもんとしていることはわかる。

太陽系を~平行線

太陽系という壮大の言葉を使いながら、私と君の恋愛というすごい小さな距離のことを歌う。

あえて言うならばそれは「君の名は」的想像力だなーと思うのだが、この話を掘り下げたら話は脱線するので一旦割愛する。

この歌詞から見えてくるのは、お互いの関係が中途半端に近い関係からこそ、恋愛という水準に踏み出すことができないという状態であるということだ。

そんな状態にさせるのは、傷つくのが怖いから一歩を踏み出せないという弱気な心のせいである。

けれど、こういう弱気な心を一度肯定して、もう一歩踏み出してみようよ、というのがこの歌のメッセージとなるわけだ。

だからこそ、叶わない望みも不甲斐ない声も引き連れて(線を)描き始める、と言うわけだ。

そして、「線を引く」というモチーフは「生きていく」ということと同義であり、平行線というのは、私や君の人生の縮図として捉えることができる。

2番をみてみよう。

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勇気がないのは~光になりたい

「電子」という言葉は、身体をつくるものという意味合いで使われている。

つまり、電子=身体と捉えたらいい。

心がビビってるんじゃなくて体調が悪いから勇気が出せないんだよ、みたいな言い訳。

体調悪くなかったら本気が出せるんだけどな!的な感じだ。

思いとは裏腹の言葉が出てくるのも身体の調子が悪いからなのだと、ここでは言い訳するわけだ。

そして、リアルで告白なんて無理だから、妄想という名のイメージに逃げ込むわけだ。

君の脳内に居座ってそこで生きていけたらどれだけ楽なのだろうかという話だ。

告白はできないし距離は詰めれないけど、君を救う歌は歌うし、苦しみを切り裂く光になる準備ならできてるなんて、健気なのか健気じゃないのかよくわからん話である。

要はそれくらいに思いは強いんだよ、という話なのだろうけど。

太陽系の常識を~平行線

交わらない平行線もいつか「変わっていく」ことがこのフレーズで指摘されている。

だって、平行線は人生の縮図なのだから。

距離を縮めないままでいたとしても、いつか君は別の誰かに心を奪われてしまい君との距離を開けていくかもしれないし、そもそも別の進路を進んで物理的に距離が離れてしまう可能性だってあるわけで。

そうしたくないならどうすればいいか。

別の平行線を描くしかない。

普段の自分とは違う新たな自分の一面を出すようなイメージである。

あえて言うなら、Twitterで別垢をつくり、そこで自分のキャラをまったく変えてしまうようなイメージに近いのかもしれない。

新たな線を加えることで、自分をふたつにするとは、そんな想像力のことなのだろうと思う。

はじまらないふたりは~刻んで来たの

スタートすらできない恋愛を肯定する言葉。

確かに友達のままでいる関係にもそれなりの歴史があることはわかる。

でも、このままだと平行だった線は離れるかもしれないわけで、何か行動をしなければならない。

じゃあ何をするか。

太陽系を抜け出すと~奇跡が起これば、私と

太陽系を抜け出す=奇跡でも起これば、

平行線は交わる=私と君が付き合う

そんな夢夜=夢みたいな妄想

と言い変えたら、実態はみえてくるだろう。

奇跡が起これば即刻付き合うんだよ!という妄想するけど、逆に言えば、奇跡に思いを託して、行動を伴わないならば、そこに何かが起こることはありえないわけで。

だからこそ、ここで決心するのだ。

行動することを。

太陽系を抜け出して~手を伸ばす 平行線

傷付くことが怖いから踏み出せないという弱さを持つ自分。

抱いてしまうものはしょうがないのだから、そういう弱さを肯定するところから始めればいいんだという話。

恐怖の感情を流し切って空っぽにしてしまったら、そこを出発点にして行動にしなくちゃいけないわけだ。

相手との想いが交錯しない「平行線」や、自分の願いと現実が上手くいかない「平行線」に恐怖してしまうのはよくわかるけれども、今から平行線を交わらせるための一歩を踏み出すわけだ。

けれど、この歌詞は、そこから先の未来についてはあえて書かない。

なぜならば、行動を起こす必要があるのは、この歌を聞いたあなただからだ。

この歌で背中を押すのは、弱気な心を持った、この歌を聴いているあなただからだ。

どういうことか。

最後のフレーズの「君」は「私」にとっての恋人ではなく、もっと具体的な人物を代入すればクリアになっていく。

私=さユりで、君=この歌を聴いてるリスナー、と仮定すれば、そこに隠されたこの歌の本当のメッセージに気づくわけだ。

そして、この歌を聞いて行動しようと思い、本当に行動に移したならば、最初の平行線は交じったと考えていい。

それこそ、太陽系を抜け出すような奇跡が実現した瞬間なのである。

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