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この辺りのバンドの質問が質問箱に届いてくるので、いま思っていることを簡単に文章にしてみたいと思う。

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各バンドのファンからしたら「いや、お前何言ってるんだ」と猛烈なるお叱りを受けそうではあるが、個人的な見解を言えば、10年代前半にAV男優の股間のように、ファンの数を伸ばしていたバンドのほとんどは、あるタイミングを機に落ち着いてしまった印象がある。

こういうバンドの多くは、フェスでは未だに人気でそれなりに会場をパンパンにしたりするんだけど、ワンマンではそんなにお客さんが入っていない、という状態になっているイメージ。

なぜそうなるのかといえば、シーン全体のお客さんからすると、バンドそのもののファンよりも、一時期の楽曲のファンである人が多いから、ということになるのだと思う。

モンパチなら「小さな恋の歌」は知ってるけれど、それ以外は知らんわ。ドロスなら「ワタリドリ」は知ってるけれど、それ以外は知らんわ。っていう人がそれなりにいるわけだ。

Youtubeで楽曲を予習しようとしても、再生数が死ぬほど伸びた楽曲ばかりが宣伝されるので、またしてもそのバンドの代表曲の数字が伸びて、あとは全然伸びないみたいなことになる。

バンドそのものは普通だけど、一部の楽曲は好きだからフェスとかに出てるなら聴きたいことは聴きたい。けれど新曲は興味ないからそこは別にいらんわ〜。みたいな需要をされてるバンドが、10年代前半ブレイク組だとわりと多いのかなーという印象を受けるのだ。

おそらく、その最たる例がKANA-BOONかなーと思っていて。

高速なテンポ感と中毒性のあるメロディーでシーンをごぼう抜きにした「ないものねだり」をはじめ、あるタイミングまでのKANA-BOONの楽曲は大好きである!というリスナーはすごく多いと思う。

しかもあの頃のKANA-BOONの楽曲は好き!というリスナーはわりと広い世代にいるわけで(10年代前半に大学生だった人が今のアラサーになるわけで)、故に大型フェスだと「幅広い世代を魅了できる貴重な存在」というような位置付けでブッキングされる。

今の若い邦ロックリスナーでも「あの頃のKANA-BOONの曲は好き」という人は多いだろうから、きっと代表曲ばかりを披露してくれると予想できるフェスの場では、KANA-BOONをみて満足できるのである。

けれど、そんな人たちがKANA-BOONの新曲を能動的に追いかけているかと言えば、おそらくそんなことはない。

昔の曲は好きだけど、バンドとしては別に関心がない、という人からすれば、フェスにおける「新曲出ました!」のMCは離脱の合図にすらなりかねない。

もちろん、KANA-BOONというバンドが大好きで、新曲の報が出るたびに胸踊らせていた人もいたはずだ。

けれど、シーンは変わる。
お客さんも変わる。

3年単位でシーンが大きく変わるのは、お客さんの好みが変わるからというよりも、ある程度お客さんそのものが入れ替わるわけで、そういう入れ替わりの中で、能動的なKANA-BOONファンは減ったのかなーなんて思う。

日タグでオーラルとかSHISHAMOとか大好きと表明しちゃう、10年代後半から能動的にフェスとかに行くようになった、新たなる邦ロックリスナーに、どのようにしたら新曲を届けることができるのか?ということがKANA-BOONが生き残るうえで大事になるんだろうなーと勝手ながらに思ってしまう。(どういうアプローチが正しいのか?という話はもう少し踏み込んで丁寧に考える必要があるとは思うが)

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クリープハイプが強い理由

だからこそ、単なる曲好きを超えて、そのバンドそのものが好き!って支持を表明してくれるファンが多いバンドは強いし、そういうことを踏まえた上での、クリープハイプの存在感ってとても大きいと思う。

クリープハイプのYoutubeの再生数をみてもらったらわかるんだけど、クリープハイプって「極端に再生数が伸びてる歌」がなくて、わりと満遍なく再生されているのだ。(もちろん、フルであげてないからというのもあるだろうけど)

これって彼らが、特定の曲だけでバズったバンドではないということを示すとともに、バンドそのものが支持されてることなんだろうなーって思ってて。

クリープハイプのどの曲が好きって聞いたら、わりと満遍ない返答がされそうだし、どの曲も普遍的に良い曲だと言われる強さはすごく大きいと思う。

ところで、この「バンドそのものが支持される」ってどういうことなんだろうか?

単純に沼ったとか、ガチ恋してしまっているだけとか、そういう恋愛脳に陥っているだけのパターンというのもあるのかもしれないけれど、クリープハイプに限って言えば、それだけではないと思う。

簡単に言ってしまえば、他のバンドでは補完できないものがあるから、曲だけではなく、バンドそのものを支持するのかなーと思っていて。

例えばさ、マイヘアをパクったみたいなバンドはめっちゃいるわけじゃん?

あるいは、KANA-BOONがつくった「気持ち良いビートのメソッド」みたいなものを応用して、シーンを出し抜こうとするインディーズバンドなんか腐るほどいるわけじゃん?

もっと昔を辿れば、ゴイステ(銀杏)がブイブイさせてるときなんて、マ・ジ・で、ゴミのような演奏力しかないバンドが、青春パンクロックの上澄みだけを掬ったテキトーな音を鳴らしたバンドが、ゴミのように量産されていた時代もあった。

けれど、クリープハイプは違う。

それこそマイヘアや銀杏と通ずる世界観のある歌詞を歌ってはいるけれど、クリープハイプの歌詞はそれとは似て非なるものだし、トータルでみて「重大なる特徴がクリープハイプに似ているバンド」って、いないように思う。

いわゆる、報われない恋愛を歌うことで、心の空虚さとか切ない感情を歌うバンドは多いけれど、クリープハイプの世界観や尾崎世界観の言葉のチョイスをマネできているバンドはいないし、誰もマネできないことを表現しているからこそ、クリープハイプの音楽は唯一無二になっているし、だからこそ、クリープハイプというバンドそのものが好きである人、クリープハイプじゃないと満たされない何かを抱えている人はたくさんいるのだ。

歌詞もメロも、もちろん歌声も、全ての要素がクリープハイプじゃないと体験できないものを生み出しているわけだ。

そしてそれは、新作「泣きたくなるほど嬉しい日々に」でも明確に維持されたままだった。

本人たちは「もう自分たちのピークは過ぎた」なんて言っているが、ツアーのチケットは未だに即完するし(まあ、キャパの問題はあるにせよ)、貪欲に音楽にも音楽以外の仕事にも精を出しているところからも、そういう精神性を見出せるし。

売れてるバンドに寄せることで「売れてるバンド」は多いけれど、そういうバンドはいつか消える。絶対に。

他のバンドと比較しても埋もれることのない突出した何かがあるようなバンドは、そう簡単には消えない。間違いなく。

クリープハイプの境地ってそういうところにある。

バンドそのもののファンを増やすって、そういう「他のバンドにはない魅了」が明確に見えるからこそ生まれるものなんだろうなーと思うし、そういう魅了を途切れることなく磨き続けるバンドこそが、この後のシーンでもしぶとく生き残り続けるんだろうなーなんて勝手ながらに思ったりする。

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