かつての甘酸っぱい恋物語

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NICO Touches the Wallsが2007年にリリースしたEP『How are you?』。

その盤に収録されている作品で『梨の花』という曲がある。

花をモチーフにした楽曲が数多く存在する中、この曲は知る人ぞ知る隠れた名曲だ。

ノスタルジックな曲調で紡がれるラブソングは、梨のように甘くて少し酸味のあるラブストーリーを彷彿とさせる。

この記事では、『梨の花』に登場する花々の意味を紹介しつつ、この曲に込められた物語を紐解いていく。

本編

梨というと、花よりも果物の方が印象としては強いかもしれない。

梨の木は4~5月頃に白くて小さな可愛らしい花をつけるのだが、それを目にしたことのある方は少ないだろう。

これは余談だが、NICO Touches the Wallsは千葉県出身のバンドであるため、千葉県が一大産地である梨の花にもゆかりが深いのかもしれない。

いずれにせよ、彼らの暮らしの中に根付いた花であるために歌詞に登場した可能性は大いにあるだろう。

話題が逸れたが、引き続き梨の花について紹介していく。梨には、花と木と実のそれぞれに花言葉がある。

木や実の花言葉、というと不思議な印象を受けるが、こうした意味を持つ植物は少なくない。

梨の花には『和やかな愛情、優しい思い』、木には『癒し、慰め』、実には『愛情』という意味がある。

全体的に柔らかく温かい印象の言葉が多いことが分かるだろう。『梨の花』の曲の印象にも近い言葉が並んでいる。

“愛しても 愛しても
君は枯れない 梨の花”

こんなストレートなフレーズのアカペラで始まる『梨の花』。

このフレーズを解剖しながら意味を考えていく。

花が綺麗なまま枯れないことは、一見して喜ばしいことかもしれない。

しかし、こと梨においては「花が枯れない」ことは由々しき事態なのである。それは、梨のように果実をなす植物は、花が枯れないと実をつけることはないからだ。

このフレーズは、どれだけ栄養を与えても実がつかない梨。つまり、どれだけ愛しても実をつけることはない「君」について歌っているのだと分かる。梨の実の花言葉が『愛情』であることからも考えられるように、「僕」がどれだけ「君」を愛しても、「君」の愛情が実ることはない。

『梨の花』は、そんな切ない歌い出しで始まる。

“田舎電車に揺られた頃は
季節さえ寝過ごした
泣いたり笑ったりもないが故”

“僕は野に咲くトウバナだから
日なたに浮かぶ君を
見て見ぬ振りするのがやっとだぜ”

トウバナという名の花をご存知だろうか?

トウバナは、シソ科の植物で淡い紫やピンク色の小さな花をつける。

春から夏にかけて、道端や田んぼのあぜなどの湿り気のある場所にひっそりと咲くトウバナは、ふとすると見落としてしまうような花だ。

花言葉には『人間味のある』や『私を閉じ込めないで』という意味を持つ。

梨の花は木の高いところで陽をたくさん浴びて咲き、トウバナは地表付近のジメジメしたところで咲く。

「僕」をトウバナと表現し、「君」を梨の花と表現するところから、「僕」は手の届かない「君」に恋をしているのだと分かるだろう。

“君の横顔に赤らむ毎日が
ふと蘇る帰り道”

“愛しても 愛しても
君は枯れない 梨の花
どうしても どうしても
手の届かない春を
僕にも 君にも”

このあたりの歌詞で、これまで青春真っ盛りのストーリーだと思っていた道筋が大きく変化してくる。

先に登場した“田舎電車に揺られた頃”というフレーズと、“ふと蘇る”という言葉から推察するに、この『梨の花』という曲は「僕」がかつて恋していたこと、そして今も、手の届かない「君」に恋していることを歌った曲なのだと考えることができるだろう。

“田舎電車に揺られた頃”から今もずっと「君」を想っている、という状況を、トウバナの花言葉である『私を閉じ込めないで』に写し込むことも可能だ。

そんな消えない青春時代の思い出を鮮明に描いたフレーズが、2番の歌詞になっている。

“いつも最初の角を曲がれば
姿を消した君は
突拍子もないことばっかして
両手ポッケですました僕は
下手な口笛吹いて
しわくちゃな笑顔を誤魔化して”

“その手を伸ばせば
触れられたはずなのに
また消してしまうんだな”

通学路を仲睦まじく歩く「君」と「僕」。

二人が歩く道沿いには梨の木が並び、道端にはトウバナの花が咲く。

そんな景色が想像できる。天真爛漫な仕草を見せる「君」は、陽を浴びて咲く梨の花で、素直になれずに笑顔を隠す「僕」はトウバナ。

かつての懐かしい風景が思い浮かぶだろう。

実ることのなかった『愛情』は、痛みを伴った後悔として「僕」を縛り続けている。

“かすむはずない真っ白の
花は今年も咲いてた
僕の何もかもを奪っても
平気な顔してる”

梨の木は、毎年変わらず白くて可憐な花をつける。それと同じように、「君」も変わらず色褪せない。

地表近くで咲くトウバナは、側にトウバナよりも高い木があると日の光を浴びることができない。

そんなふうに、「君」と出会わなければ恋をしなければ、どこかで違う形で実るかもしれなかった「僕」の『愛情』の可能性も、「君」は奪ってしまったのだろう。実ることのない不毛な慕情でありながら、やめられない。

初めは青春時代の切ない恋物語だった『梨の花』という曲は、徐々に積年の恋心を紡いだ物語だと気付く。

“愛しても 愛しても
君は枯れない 梨の花
どうしても どうしても
手の届かない
あの日の想いは
想いは枯れない”

『梨の花』の最後にある“想いは枯れない”というフレーズは、「君」への『愛情』が枯れないという、愛の不変を思わせる意味を持つ。またそれと同時に、枯れないから『愛情』が実らないという意味も持っているだろう。

青春時代の甘酸っぱい記憶と忘れることのできない恋心。その全てを柔らかいメロディにのせて鮮明に描いた『梨の花』という曲はきっと、あなたのいつかの恋にも響くはずだ。

まさにこの季節に聴くのにピッタリな『梨の花』、ぜひ一聴してほしい。

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筆者紹介

ウチダサイカ(DĀ)(@da_saika_msc)

98年生まれ、東京在住。音楽コラムを書きながら、時々小説やエッセイを書いています。
note→ https://note.mu/mos_cosmohttps://note.mu/mos_cosmo

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