前説

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オンラインライブはリアルのライブの下位互換である。

そう思っている人も正直いると思う。

オンラインライブは生のライブの魅力には勝てない。

自分もある種のライブに対してはそういう思いが強い。

ただ、それは生のライブと同じやり方でオンライブを披露するから、なのかもしれない。

オンラインライブでしかできないやり方で、かつそのやり方をその演者がどこまでも研ぎ澄ませたとき、オンラインライブだからとか、生のライブだからといったものを飛び越えてしまうようなライブを体現させることだってできる。

そのことを改めて実感させてくれる人がいる。

三浦大知である。

この記事では、三浦大知のオンラインライブ『DAICHI MIURA Online LIVE The Choice is_____ 』の感想も交えながら、オンラインライブの魅力について書いていけたらと思う。

本篇

三浦大知のオンラインライブは何が凄かったのか?

ライブの楽しみ方って人それぞれだと思うけれど、そのアーティストを好きになればなるほど、何を歌うのかという部分が強く注目されるようになる気がする。

だからこそ、ライブレポの興味の中心が「セトリ」と「MC」になることも多い。

ただ、三浦大知のライブって「セトリ」と「MC」は、ライブの魅力を表現するためのひとつの要素でしかない。

というよりも、それ以外の部分の魅力が大きすぎるし、「それ以外」で話題を勝ち取る表現者なんだよなーと思うのだ。

例えば、テレビで披露して話題になった無音ダンスはそのひとつの例であろう。

三浦大知はセトリとか喋った内容とかそういうのじゃなくて、純粋に表現で今までの価値観を超克するような凄みがあるわけだ。

今でこそ当たり前になってしまったが、あれだけ歌っても乱れないボーカルだってその要素のひとつなわけである。

さて、オンラインライブの話をしよう。

今回の三浦大知のオンラインライブは、とあるキャンプ場から行われた。

自然に満ちたキャンプ場が三浦大知のオンラインライブのステージとなったわけだ。

この自然の風景と三浦大知のダンスがどこまでも綺麗にマッチしていた。

というよりも、三浦大知をはじめとするダンサーのダンスをオンラインライブでかっこよく魅せるにはどうしたらいいのかを考えた結果、キャンプ場でライブをする、という発想が生まれたのかもしれない。

たぶん、相当にキャンプ場でどうライブをするのか、ということが練られていたはずだ。

カメラアングルも照明の使い方も、ライブでの移動方法やその他、様々な演出が景色の中に完璧にハマっていた。

ライブを映像で体験することの面白さを、最大限に魅せつけるようなライブだったのである。

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「演出」の概念を変える

普段とは違う場所からライブを行う。

これだけを言葉にすれば「なんだ、それだけのことか」と思うかもしれない。

ただ、三浦大知の場合、キャンプ場でのライブの魅せ方が本当に徹底的だったのだ。

これは正直、一度観てくれという話になるんだけど、自然の中でダンスをすることで、そのダンスのキレや躍動感が顕になっていた。

また、暗いキャンプ場だからこそ、ここぞのタイミングで照明をパッと照らしたときの神秘さは筆舌に尽くしがたいものがあったのだ。

個人的に良いなーと思ったのは三浦大知一人が引き立つのではなく、バックダンサーやバンドたちはもちろんのこと、カメラマンや音声やスイッチャーなどバックエンドを支えるメンバーも相当数関わっていることが想像できる演出だったこと。

チーム全体で盛り上げようとする並々ならぬ意志が伝わるから、映像にも躍動感が生まれ、ライブにどんどん引き込まれるのである。

チームとしての強さを感じさせる演出だったわけだ。

曲と曲の繋ぎも完璧だったし、「硝子壜」のギターの入り方はドキドキさせられる瞬間のひとつだった。

この息のあったチームプレイは三浦大知のチームだからこそ為せる技だと思った。

絵空事で終わりそうなアイデアを高いレベルで実現できるのはチームだからこそだと思ったのだった。

また、別の意味で圧巻だったのは、三浦大知が川の中に入ってパフォーマンスをするシーンである。

これはキャンプ場だからこその演出ではあるわけだが、小雨の中、川の中に入ってパフォーマンスをするなんてどう考えても悪手である。

少なくとも、パフォーマンスにスキが生まれてしまうし、ライブの躍動感が損なわれてしまう恐れだってある。

でも、三浦大知はそれをやる。

まるで、そこに水なんてないかのように、しなやかに身体を動かし、音源を超える迫力のボーカルを披露するのだ。

三浦大知の音源を超える凄まじさはいつものことであるが、配信ライブでもそれを目の当たりにするとは思わなかった。

そういえば、たまたまこの日観たテレビ千鳥でも、大悟が「水を知らない人類」であるかのように、川の中を屈託もなく突き進むボケを披露していた。

んだけど、ボケがボケでなくなってしまう瞬間を、自分は三浦大知のライブで目撃してしまったのだった。

豊富なパフォーマンスの種類

三浦大知のライブはパフォーマンスの種類が豊富である。

無音ダンスをはじめすとするダンスパートが豊富なのはもちろんのこと、自分で楽器を演奏したり、アコースティックセットでしっとりと歌ったりと、楽しませ方が豊富なのである。

視覚的にも聴覚的にも楽しませてくれるエンターテイナーな三浦大知だからこそ、ライブを複数のパートに分けて、それぞれの魅せ方で楽しませてくれるのである。

かつ、その魅せ方のレベルがとにかく高くて。

常にドキドキが止まらないわけだ。

「ねがいぼし」の弾き語りパートのボーカルも美しかった。

この歌は本来、一人で歌う歌ではないんだけど、この日のライブでは三浦大知一人で、甘い声で歌ってみせたのだった。

ダンスという躍動の部分があるからこそ、しっとりとバラードを歌う美しさも映える。

視覚的な楽しさに引っ張られていると、耳でもきちんと心地よい気持ちにさせる。

三浦大知ならではの魅せ方だなーと思った次第だった。

そして、ライブ本篇を「I’m Here」で締めくくったとき「え・・・もう90分経ってしまったのか」という驚きが大きかった。(「Antelope」は自分の中では本篇後というイメージが強いので、この表現とする)

そして、最後の最後まで「疲れ」も「スキ」も一切魅せず、良い意味で緊張感をみなぎるスリリングなパフォーマンスを披露してくれた三浦大知のパフォーマンスは流石の一言。

チーム一丸となって、どうしたらお客さんを楽しませることできるか、ということを徹底的に考え抜いた三浦大知だからこその魅せ方だったと改めて感じたのだった。

まとめ

水の概念がなくなるかのように川の中を闊歩したという意味では、テレビ千鳥の大悟もDAICHI MIURA Online LIVE The Choice is_____の三浦大知の似ている部分があった。

しかし、テレビ千鳥の大悟はパンティーを最後のオチにしていたが、三浦大知は小道具も飛び道具も一切使うこともなく、己が持つ「表現」そのもので、観ているものをすべてを釘付けしていた。

そして、その「表現」によって、オンラインライブの魅力を超克していたのだ。

少なくとも、自分はオンラインライブ史上最大の興奮をこのライブから感じたのだった。

日本屈指のエンターテイナーは三浦大知である。

改めてそのことを強く感じさせたオンラインライブだったし、オンライブライブそのものの可能性を強く感じさせるライブだった。

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