NICOのニューアルバム「QUIZMASTER」の話

NICO Touches the Wallsのニューアルバム「QUIZMASTER」がすごく良かった。

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どれくらい良かったの?と問われたら、今年のバンドアルバムで5本の指に入るよ、と迷わず答えると思う。

それくらいに、良いアルバムだと思ったのだ。

なぜ、そう思ったのか?

まずはその話からしていきたい。

バランス感覚が良い

ロックバンドのアルバムを聴くと、二つの軸で評価をすることが多い。

ひとつは「ロック的」であるかどうか。

そしてもう一つは、「洋楽的」であるかどうか。

さて、ロック的というのは、色んな意味を含ませた言葉ではある。

ただ、コンパクトに言えば、バンドが鳴らす音の話になる。

ギターはどういう弾き方をされているのか?とか、ドラムとベースはどういうリズムを作っているのか?とか、そういう話である。

音を歪ませたエレキギターがゴリゴリ前に出ている曲がたくさん収録されていたら「お!なんかこのアルバム、ロックっぽいな」と思うことが多いはずだ。そういうことである。

けれど、ギターはゴリゴリだけど、リズム隊はピョンピョン飛び跳ねたくなるような四つ打ちのビートを刻んでいたりすると、「ロックっぽい」の前に「ダンス的な」なんて修飾語をつけて評価をしたくなる。そんな話。

また、サウンドを因数分解していくなかで、見えてくることも、重要なポイントである。

仮に「ロック」とカテゴライズしたとしても、そこからさらにサウンドを因数分解していくなかで、ブルース、ジャズ、R&B、ヒップホップなど、他のジャンルの要素も見えてきたりする。

ロックの他にどんな音楽が溶け込んでいるか?みたいなことがポイントになるわけだ。

言っても、今は2019年である。

過去のジャンルをそのままトレースしたような音楽では、正直そこまで心が踊らない。

このバンドじゃないと鳴らせない音が聴けると「おっ!」ってなるし、=それは、他のジャンルをどれだけ細かくミックスしたか?という話になる。

んで、もう一つの要素である「洋楽的」というのは、音の質感やメロディーの話に繋がる。

まあ、海外の流行のサウンドに取り込んでいたら安易に「洋楽的」と言っちゃったりするんだけどね。

例えば、ドラムが打ち込みであるとか、妙に音数が少ないとか。そういうアプローチを見ると、洋楽的だなーと感じやすい。なぜなら、それが海外のトレンドの一つだからだ。

さて。

死ぬほど前置きが長くなったけれど、先ほど述べた幾つかの軸に照らしながらNICOの新譜を聴いたとき、僕は「おおおっ!なんかすげえぞこれ!」と思ったのだ。

というのも、軸と照らし合わせてみたとき、この作品のバランスが絶妙に感じたのだ。

まず、前提として、今作のアルバムはロックバンドが生んだロックなアルバムだと思うのだ。

でも、その「ロックな」の部分は決して一縄筋ではいかない、奥深さがある。

というのも、ロックバンドの音楽が「ロック」であると感じるのは、エレキギターが果たしている役割が大きい。

エレキギターがゴリゴリになっていたら、それだけでロックっぽいと感じるわけだ。

スピッツなら「ハヤブサ」というアルバムが一番ロックっぽいと評価をされがちだが、あれはゴリゴリのエレキギターが前面に出ている曲が多いからだと思う。

けれど、NICOの「QUIZMASTER」は決してエレキギターが前面に出ているアルバムではない。

音のバランスで言えば、ボーカルが真ん中にあるように思うし、ギターだけで言っても、エレキよりもアコギの方が存在を示しがちだ。

なのに、「ロック」を感じてしまう。

そういう不思議な余地がこのアルバムにはある。

なぜロックっぽくないのにロックを感じるのかと言えば、僕はそれぞれのパートがプロフェッショナルだからだと思っている。

「ulala?」はギターのミュート音が効果的に使われていて、絶妙な形でサウンドを彩っている。

ミュート音って技法としてはありきたりなものだけど、だからこそ、他のバンドとの違いが明確に判別できる。

誰でもできることだからこそ、どれだけ音にこだわって鳴らしているのかがよくわかるわけだ。

また、綺麗にミュート音を鳴らしていることがわかる音構成になっている事実そのものが、NICOの音の拘りを示しているとも言える。

だって、普通のバンドなら、そんなところに注意が向くような音バランスにしないだろうから。

でも、NICOは細かいところに拘っているため、ギターのミュート音にも、明らかな拘りが宿っているのがわかる。

また、フレーズのひとつとっても、様々な音楽的要素が見えてくる。

フレーズによっては、カントリー的な要素が見えることもあるし、ブルース的な要素が見えることもある。

鳴っている音はシンプルなんだけど、研ぎ澄まされていて、情報量がすごく多いのだ。

だから、聴くたびに「おっ!」という気分になるのだ。

ちなみに個人的には、NICOの今作には全体的にブルース的なロックを感じていて、そのブルースの香りが、どことなくクラシカルなロックの雰囲気を作っているのかなと思う。(なぜなら、ロックのルーツを辿るとブルースに行き着くからだ)

なんにせよ、フレーズのひとつひとつにロック以外の様々な音楽性を見せてくれる。

これは、間違いない。

そして、ロックをベースにしながら多様な音楽的広がりを感じられるのが、NICOの今作の特徴であり、凄さなのだと思う。

「18?」という曲はアコギでコードを奏でて、骨格を作っている。

また、二番に入るまでは、ハンドクラップとバスドラムでリズムを作り、全編にコーラスを入れている。

この歌も音のバランスで言えば、エレキギターの存在感はそこまで大きくない。

けれど、それぞれの楽器が絶妙なバランスで鳴らされ、多様な役割を担うことで、楽曲の味わいを奥深いものにしている。

巧みな技術が光っている。

こういうアプローチは今のロックバンドの流行りではないし、苦労するわりにはわかりにくくて評価もされづらいから、他のバンドは避けがちだが、NICOはそこに全力で挑んでいる。

そのことがわかるし、だからこそ、グッとくる。

音に小細工を仕掛けず、演奏技術そのもので勝負している感じがヒシヒシと伝わるし、その演奏にどこまでも魂が宿っているのだ。

こういう態度や音のアプローチも、今作のクラシカル性に通ずるのだと思う。

そして、そのクラシック性は=ロックの歴史=洋楽的と言えるんだけど、このアルバムに限っては、洋楽邦楽という尺度では判定できない奥深さがある。

なぜなら、海外でも日本でもトレンドではないアプローチをしているから。

というよりも、ルーツと革新性のバランスを意識しながら、ロックバンドの根本的アプローチで持ってして、新しい音楽を生み出しているという感覚が近いだろうか。

言いたいのは、穏やかだが妥協のなく、サウンドを研ぎ澄ませていること。

結果、このアルバムは、今までのロックバンドを「更新するアルバム」になったと言えるのだ。

クラシカルなのに最先端という、逆説的な偉業を成し遂げてしまったのだ。

この「逆説性」を達成できているのは、様々なロックバンドの音楽を聴き、それを巧みに引用しながら演奏力を尖らせてきた、NICOというバンドだからできる芸当だと思うのだ。

話がややこしくなってきたけれど、何が言いたいかというと、NICOの演奏がやべえという話。

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ボーカルの伸びがすごい

で、バンドサウンドも素晴らしさんだけど、ど真ん中にある光村の歌がそれ以上に素晴らしいのだ。

今作の歌は全体的に光村のボーカルが前に出てきている。

音のバランスとしてみても、ボーカルを中心に組み立てているように感じる。

そのボーカルは、赤裸々に紡がれた少し弱気な言葉を歌う。

でも、その言葉の根底には希望もある。

そんな剥き出しの言葉を、ボーカルの光村は、ロックバンドのボーカルらしく、自信満々に歌い切っている。

感情豊かで、どこまでも伸びやかなボーカルは、細かい部分まで洗練されたバンドサウンドの中心で、高らかに響く。

それが、とにかく気持ちよくて、なんだか誇らしい気持ちにすらなってくる。

楽曲の構成的には、劇的な展開を見せるわけでもない。

ザJ-POP的なわかりやすいサビがあるわけでもない。

でも、曲が一切ダレない。

それは光村のボーカルの輝き方が尋常ではないからだと思う。

今作の楽曲は、油断をすれば「地味」という評価を下されかねないと思う。

アレンジだって洗練はされているが、足し算をしていない分、味付けが薄いように感じる人もいるかもしれない。

が、そんな心配を吹き飛ばすくらい、全ての曲がエネルギーに満ち溢れていて、ダイナミックに響いてくる。

それは、楽曲の中心に圧倒的な光村のボーカルがあるからだ。

あと、今作はハーモニーが素晴らしい。

「18?」に入っているコーラスにも言えることだし、光村のボーカルとのハモリ方にも言える。

メロディーそのものはわりとシンプルでも、そのメロディーの表現方法に、たくさん匠が宿っているのだ。

だから、どこまでもメロディーが美しく輝く。

演奏でもドキッとさせられる部分が多いけれど、それ以上にボーカルがカッコよくて、聴き惚れてしまう。

歌の力が最大限に溢れているからこそ、このアルバムは長く聴かれる作品だと、自信を持って言えるのである。

ライブを観て感じたこと

そんなマスターピースと呼ぶにふさわしい作品をリリースした後に観たNICOのライブ。

開口一番に感じたのは、ボーカルの伸びが尋常じゃないことと、鳴り響く音の全てが気持ち良いということ。

音源よりライブが良いバンドはたくさんいる。

でも、これはパフォーマンスも含めた話であることが多い。

単純に音そのものの迫力がすごいとか、オーディエンスの熱気があっての評価だったりで、冷静にライブ音源を家で聴いたりすると「微妙」であることが多いのだ(別にそれはそれで良いとは思うけど)。

でも、NICOのライブは文字通りライブの方が良かったのだ。

ロックバンドって油断したら迫力があれば良いということを履き違えて、ただ音がうるさいだけになってしまっていることも多い。

楽曲のボリュームに対して、ボーカルの存在が薄すぎて、聴いていられないライブも多い。

でも、NICOのライブは違う。レベルが違う。

カッコよさと心地よさを感じさせるバンドサウンドは圧巻の一言。(実際、僕は音が心地よすぎて、ウトウトしてしまうほどだった)

そして、それ以上に光る、光村のボーカル。

ほんと、ライブでありながら、ここまでボーカルが安定していて、声が伸びるボーカル、そうはいないと思う。

しかも、ライブ終盤になってもそれは持続するどころか、さらに磨きをかけてくる。

ドラムとのハモリも完璧で、全ての要素において、純粋なる表現力だけで、音源を超えてくるのだ。

こんなもの聴かされて、興奮しないわけがない。

あと、NICOのワンマンに行って、改めて感じたのは、ファンとの対話をすごく大事にしているなーということ。

ファンの意見を反映させてアンコール曲を決めることもそうだが、NICOは会場全体にただ言葉を投げるんじゃなくて、ファン一人一人とのコミュニケーションをすごく大事にしているように感じた。

ファンというものを、大きな集合体として捉えるのではなく、良い意味で一人一人を大事にしているというか。

だからこそ、流行りのサウンドではないけれど、レベルの高さを追求した音楽をリリースすることができたのかなーと思うし、ああいう曝け出した歌詞が紡げたのかなーなんて思う。

あと、僕は6月9日の大阪のライブに行ったんだけど、そのライブは全国ツアーの追加公演のファイナルで、アルバムリリース後のライブということもあり、披露された曲はアルバムの曲が多かった。

けれど、その一方で、光村が10代や20代前半に作った歌もたくさん披露されたように感じた。

普通、最新アルバムありきのセトリだったら、昔の曲はセトリに組み込みにくいと思うのだ。

良いとか悪いとかじゃなくて、セトリとしてまとまりづらいし、アレンジの方向性が違いすぎて、ライブに凸凹感が生まれてしまう。

でも、NICOのライブはそんなことが全然なかった。

昔の歌から今の歌まで、「ロック」という一本の軸がすーっと貫いているように感じた。

もちろん、「今の技術」で過去の曲をブラッシュアップしている部分はあるとは思う。

それでも、あれだけ昔の曲が綺麗にライブにハマっていたのは、NICOがブレずに音楽を作ってきたことの現れだと思うのだ。

マーケティング先行で音楽を作っているバンドな
ら、なかなかにできないことだ。

流行ではないのかもしれないけれど、自分たちが信じてきた音楽を鳴らし、それに磨きをかけてきたNICOだからこそのライブだなーとその時、痛感したのだ。

その姿が、あまりにも感動的だったのだ。

これがNICOのライブを観た、僕の率直な感想である。

まとめ

アルバムもライブもヤバかったし、今後に可能性しか感じさせなかったNICO。

中堅バンドでありながらも、こういう形でどこまでも進化ができるバンドがいるって考えるだけでも、なんだか誇らしい気分になる。

今はただ、またライブに行きたいなーと思う。

それだけを、ただただ思う。

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