例えば、フェスの感想をみると、こういう意見をみたりする。

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「○○のファンはヒールでライブに来ていた」とか「○○のファンは○○バンドから最前で待機している。○○のライブでモッシュピットで潰されたらいいのに」とか「○○のファンが最前にクーラーボックスまで持ってきてる。それはありえんよなー」とか。

フェス慣れしている人からしたら、それはありえない行為であることはわかる。

が、意外と初心者の人って、言わないとそういうことってわからないと思うのだ。

逆に言えば、ルールとして名言されているはずの「モッシュやダイブの横行」なんかを目撃したら、なおのこと、フェスのルールってどうなってるのって感じてしまうし、混乱の只中に陥ると思うのだ。

むしろ、こっちは言われたことを守っている、言われたことを守っていないのはモッシュをしているあなたたちではないのか、と文句のひとつだって言いたくなるかもしれない。

が、フェス慣れしている人は思うことだろう。

ヒールがダメなのも最前待機がダメなのも、ちゃんとした理由があるのだ、と。

要は、その理由が共有できているかどうかという話なのではないかと思う。

だから、その理由を知らない人の首根っこを掴んで、SNSで魔女狩りをするのはちょっとどうなのかなーという気がする。

例えばの話だが、社会人として何年も社会に身を置く人間からすれば、新卒で入ってくる若い子たちの振る舞いをみると、「こんなことも知らないの?」と思うことがあったりする。

けれど、それって、社会と大学の文化やルールに乖離があるというただそれだけのことだと思うし、知らないことをディスっても仕方がない話で、知らないならば教えてあげればいい。

それを教育という。

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新卒が採用されてからやたらと研修期間が長いのは、大学と社会人の間ではルールや文化がまったく違うので、この期間に価値観の擦りよせを行う、という狙いがある。

要は、社会のルールに少しずつ慣れさせるわけだ。

まあ、その社会のルールが本当に正しいのかどうかや、社会のルールにも改革の必要があるのではないか?と指摘はあるかもしれないが、その話を一旦置いておこう。

ここで言いたいのは、自分知らない世界に首を突っ込めば、その世界で生きている人からすれば、非常識に見えてしまいがちであり、それはどの世界にいるどんな人でも起こりえるということだ、ということ。

だから、フェス慣れしていない人がフェスにきて、その振る舞いや服装に、フェス慣れしている人が違和感を持つのは仕方ない話だし、だからこそ、単なる勧善懲悪の話にして裁くだけに終始してしまうのは、フェスシーン全体を考えても良いことではないなーと思うわけだ。

むしろ、自分のルールと違う振る舞いや服装をしている人がそのフェスにいるということは、それだけ色んなタイプの人に(とりあえずは)ロックフェスの情報が届き、参戦するという行動に結びつかせたということだ。

本来、それは喜ばしいことだ。

そりゃあ、大作戦とかハジマザのように、出演バンドもお客さんも「身内」で固めた方が楽だし、参加していても楽しいとは思う。

けれど、音楽・文化の交差点として、新たなジャンルの出会いの場としてのシーンを作り上げようとしているようなフェスであれば、自分と違う文化の人間が参戦することは、正解なのである。

人間として明らかにNGな振る舞いをしている人ならともかく、その文化を「知らないがために」ついつい「違反」を行なっている人であれば、単にディスる方向に向かうのではなく、なんかもうちょっと上手い方向に事が運べばいいのになーと思うのだ。

なかなかギスギスした世の中では難しいのかもしれないが。

けれど、音楽の現場くらいは、なるべくギスギスとは無縁の世界であってほしいなーっていう、そういう話。

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