前説

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好きという感情は時としてダメージを与えることになる。

振り込みたいなもので、その感情が生きる希望であればあるほど、その感情に裏切られる何かがあれば、そのダメージにやられてしまうのだ。

好きなバンドを好きに思う気持ちも、そういうところがある。

エネルギーにすればするほど、振り子のように「負」の何かがあったときのダメージが大きくなる。

こんなことなら、あのバンドのことを好きになるんじゃなかったとか、でもそれでも悔しいけれどそのバンドのことが好きなんだよとか、まあ色んな思いが埋めくと思う。

良いとか悪いではないし、理屈でどうにかなる問題でもないと思う。

ただ、事実として、そのバンドがとても大切だった自分に気づく、ということなのだと思う。

音楽を好きになる人ってふたつのパターンがいて、音楽をツールにしてコミュニケーションを取るのが好きな人。

もうひとつは、メンタル的に自分の欠けた部分を音楽に補ってもらうようなタイプの人。

まあ、要は音楽を好きといっても、色んな「好き」があるという話だ。

どっちが音楽好きとして正しいとか、そういう話がしたいんじゃない。

ただ、そこで生まれてしまった「好き」って、もうどうしようもないんだよなーという話である。

そして、そこで生まれた「好き」だけは誰にも奪えないんだよなーという話である。

そして、生まれてしまった「好き」を憎んだり悲しんだり色々しても、やがてそれが尊いものなんだよな・・・と気づいてしまうものなのだと思う。

11月は良い○○の日、という言葉が並びやすい月日である。

なので、11月はわりと好きだ。自分の誕生日もあるし。

当然、色々と事情があって、そのゴロに悲しみを感じる人だっているかもしれない。

それは仕方がないことだ。

今は負の感情にベクトルが向いている人だっているかもしれない。

でも、世の中の多くの人は、そういう心の動き方すら知らず、心が動く人のことを“笑う”しかできない人生で終わらせてしまう。

そっちの方が、トータルでみたら、悲しいことだと思う。

「好き」をきっかけにして、敏感な喜怒哀楽に触れることができたのなら、そっちの方がきっと素敵だ。

今は、悲しみが勝る人もいる。

でも、悲しみのままに終わった人は聴いたことがない。

ほとんどの人が、「好き」で良かったと感じている。

自分の感情を大きく揺り動かす、そういう音楽に出会えた喜びを胸にかかえるのだ。

きっと。

そう思う。

本編〜まとめ

って、ポエム系ツイッタラーみたいなノリの記事を書いてしまった。

我ながらに、なんじゃこりゃあ!!!!!!!感がすごい。

顔見知りの知り合いも増えたのに、こんなノリの文章を書いてしまう自分が怖い。

改めて、読み返すと・・・・

オエーッ!!!

ゲロゲロゲロ〜!!!!!!!!!!!

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