推しがショッキングなニュースを流したとき

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嵐のニノの結婚でもいい。

KANA-BOONのめしだの脱退でもいい。

ちかいところなら、NICOの活動終了のお知らせもそうだけど、日々、Twitter上でもバンドやアーティストにまつわるインパクトの強いニュースが流れる。

で、こういうインパクトが強いニュースが流れると、各々の反応って様々である。

ショッキングに受け止める人もいれば、さらっと流す人もいるし、ショッキングに受け止めている人をみて揶揄する人もいる。

まあ、そもそもニノの結婚とバンドの終わりや脱退のニュースを一緒くたにするな、という話はあると思うんだけど、自分のタイムラインにおいて、フォロワーに大きな衝撃を与えたニュースという意味において、このニュースを同列に並べさせてもらい、話を進めている。

さて。

ニュースの内容がセンシティブで繊細だったりすると、実に色んな意見を生んでしまい、大きな議論を呼ぶこともある。

捉え方によっては如何様にも解釈できるからこそ、好意的に受け止める人もいれば否定的に受け止める人もいるわけだ。

言ってしまえば、それまでガチで応援していた人と、ライトに応援していた人と、まったくの「外野」とでは、そのニュースの意味合いが大きく変わってしまう。

ヤフーなんかではよくある、バンドの休止のニュースなんかで「誰こいつ?」みたいなリプをしてしまう、痛い<かまってちゃん>は問題外としても、人によって、ニュースのショッキング度が大きく変わってしまうのは確かだと思う。

そして、おおよそにして、「外野」に近い人ほど、ガチな人に向けての、ある種の正論を唱えることは、そこまで難しくないように思うのだ。

だって、ライトな方がそのニュースに対して冷静でいれるから。

感情的にならず、論理的に言葉を紡ぐことができるから。

思えば、自分だって良くも悪くもどの分野においても、ライトに接してきた人間である。

少なくとも、毎年そのバンドのツアーには行くとか、ましてや遠征してなるべくツアーに参戦するんだ!みたいな関わり方をしたバンドやアーティストはいない。

だから、ショッキングなニュースに対しても、比較的ドライに対応してしまうことが多いし、愛がない言い方をしてしまっている部分もあるかと思う。

まあ、世の中、音楽のことに関心すらない人が多いなかで、自分はほぼほぼ毎日アホみたいに音楽のことばかり考えているので、ある意味ではディープ側の人間なのかもしれないけれど、まあその辺の屁理屈は、ここでは退けておきたい。

何が言いたいかというと、ライトな人にとってはライトな見え方があるけれど、絶対にディープに浸かってきた人にしか見えない視座・感情がある、ということだ。

最近は一周まわってファンだけじゃなくて、演者側の知り合いも増えたので、一つのニュースに対しての、言われた側はどう思うのか?みたいなことを色々考えちゃって、色んな人の気持ちを想像しちゃうので、感情的な言葉のオウシュウを目にしてしまうと、けっこうキツくなる部分もある。

でも、それを踏まえたとしても、やっぱり、ディープなファンでいた人でしかわからない感情があるんだよなーと思うことが増えてきたのだ。

そして、ディープなファンの方がニュースに対して悲しみに暮れているとき、ライトな自分がその人の「感情」に対して述べられる言葉なんてないんだよなー、きっとその人の悲しみに寄り添うことはできないんだよなーとすごく思うのである。

結局、人間は理屈では生きていない。

感情で動く生き物なんだよ、ということを感じる。

音楽が好きなのだって、結局は理屈じゃなくて感情が表にあるからだよなーと思うし。

そのことを感じるのだ。

きっと何かのニュースで悲しみを心に宿している人もいると思う。

それはどうすることもできない。

感情はたやすくコントロールできるものではないから。

その「感情」を癒せるのは、理屈ではなく時間でしかないし、その感情に影響を与えた当事者にしか、触れることができないもんなんだよあ、と思う。

だからこそ、ディープなファンを安易に揶揄する言葉を投げるのは良くないし、そんなことできないよなあ…と思うのである。

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