前説

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リアルな空間でライブに行けない期間が続いている。

これ自体は仕方がないことだし、もし自粛期間の悩みが「ライブに行けなくてヒマ」くらいの人は、きっとそのことこそが幸せなのだと思う。

病気にかかるかもしれないリスクを持って働き続けている人もいれば、営業することができずに明日の状況も描くことができない窮地に立たされている人もいる。

今はまだ耐えているが、先を見通すことができない状況で何かしらの不安を感じている人もいることだろう。

なので、ライブに行けなくて悲しいな・・・くらいの悩みしか抱えていない自分なんてお気楽な立場なのかもしれないが、単純なる音楽ファンの一人として言うならば、ライブに行けない悲しみは大きいわけで。

で、それってなぜかって言うと、ライブって代替不可能なものだからだと思うのだ。

よくライブって沼だ、って表現する人がいる。

この記事では「ライブが沼であること」にスポットを当てて、記事を書いてみたい。

本編

ライブが沼であることの証明

例えば、Twitterで過ごす時間が長い人って多いと思う。

で、ずっとTwitterを追っていると、Twitter発のコンテンツに触れることも多いだろう。

100日後に死ぬワニなんてその代表だろうし、他にも四コママンガを定期的に投稿するアカウントもたくさんいる。

ロック関係のアカウントでいえば、今年の頭にはバンドマスター孫悟空なんてものも流行った。

で、こういうTwitter系のコンテンツってバズれば目に触れることも多いし、「あ、面白い」とか「ふむふむ」って思う人もきっといると思うのだ。

好意的であれ否定的であれ、Twitterで反応するというのは、何かしらの理由で心が動かされたからと思うから。

でも、そこでの心の動きってそこまで持続性が高いものではない。

言ってしまえば、すぐに喉元を過ぎ去ってしまうタイプの動きなのである。

だから、数日経ってしまえば、脳内からその存在は消えてしまい、忘却のかなたに置いていかれるのである。

そう考えたとき、ライブにおける印象ってすごく強い。

きっとライブに頻繁にいく人って、はじめてライブにいったときの感動が強烈だったからこそだと思うのだ。

そのときに集中しっぱなしになってしまう高揚感が、他のコンテンツとは段違いだったからだと思うのだ。

もちろん、刺さるベクトルに違いはあるとは思う。

歌のうまさにぐっとくる人もいれば、サウンドのかっこよさにぐっとくる人もいたのかなーと思っていて。

でも、きっと通底しているのは、自分の集中力の全てがライブに持っていかれたってことなんじゃないのかなーと思うのだ。

時間があっという間に過ぎる、っていう状態だと思うんだけど、そういうトリガーをひかれたのがライブを観たときだった、ということなのではないかなーと思うのだ。

そういえば、日本のライブシーンにおいては撮影することを忌避することが多いけれど、きっと日本の音楽好きの多くは「入り込む」っていう衝動を経験しがちだからこそ、「撮影してあとで楽しむ」ってことにナンセンスさを覚えるかのかなーなんて思う。

話はずれたけれど、要はライブでしか味わえない感動を味わった。

その感動は他のものでは置き換えることができない。

だからこそ、ライブに沼った。

そういうことなのだと思うのだ。

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沼であり続けるライブ

集中するトリガーがひかれるタイミングって人によって違う。

勉強するときにそれが発動できる人もいれば、スポーツのときにそれが発動できる人もいることだろう。

こと音楽好き、特にライブが好きな音楽好きは、好きなバンドやアーティストのライブを観ているときにこそ、その集中力が発動するのだと思う。

なぜなのか?

それはライブが好きだから。

そうとしか言えない。

好きこそものの上手なれっていうのはこういう話で、無限に集中できる対象を見つけ、そこにコミットした人は強いってことなのだと思う。

だからこそ、オタクが推しを推しているときの力は強靭なものなのだと思うのだ。

そして、その強靭な力を発動できる場はライブにしかない。

しかも映像コンテンツとしてのライブはその対象にはなり得なくて、リアルで同じ空気を共有している場所じゃないときっとダメなのだと思うのだ。

ライブの大切さ

何が言いたいのかわからなくなってきたが、やっぱりライブって大事ってことだ。

ライブが沼であるっていうのは、そういうことだと思うのだ。

だからこそ、好きなバンドなりアーティストなりを紹介するとき、オタクは口を揃えてこう言ってしまうのである。

「ライブが特に良いから、と」

今、リアルな場でライブをやることが難しくなっている。

いつかきっとリアルな場で気兼ねなくライブがみれるように、今の状態でできる、継続性のある経済活動を進めていくことが大切であることを日々痛感している。

そして、「オタク」だけでそういう経済活動の輪をまわすのは難しい状況もあるからこそ、色んな立場の人も巻き込みながら、その循環をドライブさせていくことが大切なんだろうなーと改めて思うのである。

うーん。

やっぱり何が言いたいのかわからなくなってきたこと、つまりはライブって沼なんだよ、っていうそういう話である。

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