クズ男に依存してしまう女の子の背景

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よくさ、クズ男と付き合っている女の人は付き合っている間、その人に対する視力が落ちてしまって盲目的になってしまうという。

んで、その人と別れた途端、きちんとその人のことを見ることができるようになって、むしろ視力は通常時よりも上がる、なんて言われたりする。

ところで、この話。

実に色んな軸で話を広げることができるんだけど、せっかくなので、どうすればクズ男の依存から卒業できるのか?という話をしていきたい。

意識と認識の話

話したいのは、認識論の話である。

どういうことか?

実は、人ってモノを認識する場合、自分の意識が大きく影響している。

例えば、街中を歩いているとして、「ああ〜可愛い女の子と付き合いたいなー」と思っている人がいたとすれば、自然と可愛い子を探すアンテナが発達していく。

だから、どれだけ人がごった返し場所にいても「可愛い子」だけら見逃さなかったりする。

可愛いに対する視力が異常に上がるわけだ。

逆に、そんなことを意識もしていない人は、街で可愛い人とすれ違ったとしても、その人に気づかなかったりする。

あるいは、ゴミが落ちていることに意識が向いている人が街を歩ければ、街に落ちているゴミにたくさん気づくだろうし、ゴミのことなんて気にも泊めていない人は、街に落ちているゴミに気づかないし、視界に入っても、あんまり気に留めないと思う。

何が言いたいのかというと、自分の認識は、自分の意識が大きく影響していることだ。

というよりも、意識しているものしか見えないと言い換えてもいいかもしれない。

だから、彼氏のことが好きなときは「その人の好きな部分」にばかり意識が向く。

逆にその人のことが嫌いになれば、「その人の嫌いな部分」にばかり意識が向く。

だから、ころっと評価が逆転しがちになるという、そういう話である。

なので、「別れたら視力が上がる」とか「客観的に物事を把握できるようになった」というのは事実ではあるが、結果論でしかない。

本質的な構造としてあるのは、自分の意識が変わったことにより自分の認知が変わったという、それだけのことなのである。

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意識による、作品作りとレビューへの影響

話は変わるが、クリエイターの作った作品を観たり、良いライブを観たりして、良いとか悪いとかの評価をするのも、この「意識」が強く影響している。

例えば、悪いところを見つけてやれ〜って意識でそれを見ていれば、そういうところにばかり気づくだろうし、その逆だったら、素敵なところに目が行きがちだ。

そもそも一つの作品からたくさんの気づきを得るためには、その作品に自分がどれだけ向き合っているか?=意識できているかが重要になってくる。

その作品に自分がコミットできているかどうかが重要になるのだ。

評論家の評価がなんだか上から目線に感じることがあるのは、ここの意識が深く関わっている。

評論家の意識と、評論家の文章を読む人の意識がそれぞれ合わさった結果、「なんだか上から目線な感じる」という認識を生むのである。

また、これは作品評論に限らず、クリエイトする立場でも同じことが言える。

たくさんの気づきが含まれている作品を作るためには、たくさんのアンテナを持っている人=意識の向き合い方が深いレベルになる必要がある。

意識が向き合ってないと良い作品なんて生まれないし、その意識の向き合い方も「自分は音楽で売れたい」なのか「音楽を作ってたくさんの人を感動させたい」なのか「自分が作りたい音楽をただ作りたい」なのかで変わってくる。

アウトプットの質の根底にあるのは、こういう意識の話になってくるわけである(なぜなら、作り手の認識が変わり、良い悪いの軸が変わってくるし、気づけるポイントの数も変わってくるからだ)

とまあ、色々書いてみたけれど、このレベルまで話をすると、単に仕事論の話になっちゃうので、この辺で割愛する。

まあ、自分の認識は自分の意識に大きく影響しているという、ただそれだけの話だ。

なので、悪いことを考えてしまってばかりだったり、鬱憤のツイートばかりをしてしまっているのだとしたら、その人の意識がそっちに引き寄せられているからだと思うのだ。

もちろん、広い視点で意識を持つことは大切だとは思うけれど、なんか悪いものばっかり認識するなーっていうときは、意識の持っていき方を変えるだけで、大きく変わるよ、というのとは主張しておきたい。

ただ、もう少し踏み込むならば、意識というのは自分が知覚することができる「意識」と、自分が知覚できない「無意識」があって、無意識こそが意識に働きかけることで、意識の方向性を決定づけているという背景がある。

つまり、意識を変えるためには、無意識を変える必要がある。

難しいのは、無意識は意識以外の意識なわけで、自分で知覚することもできなければ、コントロールすることも難しいという事実。

理屈はよくわからんけど、それを「好き」と思う気持ちというのは、実は、無意識が求めているから起こるなのである。

理屈だてて考えるのが意識ベースの話なら、本能ベースにあるのが無意識といってもいいかもしれない(本当は少し違うけど)

言いたいのは、このよくわからんけど「好き」と思う感情は、自分の認識に重大な影響を及ぼす、すごいものだということだ。

つまり、無意識がコミットすると、そこに絶大なる力が生まれ、多大なる影響を与える。

クズ男を盲目的に恋してしまう女の子の構造は、ここにあると思っている。

無意識ベースでその人を求めるから盲目的になるのだ。無意識がコミットしているとき、意識の力でどうすることもできないのだ。

なので、盲目的な女の子を目覚めさせるうえで大切なのは、言葉を使って理詰めで説得して「意識」に働きかけるのではなくて、「無意識」に影響を与えることだったりするのだ。

じゃあ、無意識を変えるにはどうしたらいいの?という問いが出てくるかもしれないが、それは機会があれば、別の記事に書いてみたいと思う。

まあここでは、好きな音楽も無意義に影響を与えるうえで、重要なものだという話だけはしておきたいと思う。

まとめ

兎にも角にも、大事なのは無意識の変え方なのである。

クズ男から卒業したい皆さんは、ぜひぜひ参考にしてみてください。

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