前説

スポンサーリンク

すっかりライブハウスが悪者になってしまった。

本編

何かを悪者にしておけば、なんとなく感情的には納得できる人って多いと思う。

自分だってわりとそうだし、怒りや悪意を安心して向けられる先があればイキイキとしてしまうのが多くの人の性だと思う。

そして、今、そういうスケープゴートとしてライブハウスを選んでいる人がそれなりにいる。

残念ながら、現実問題として起こってしまっていることである。

ただ、ライブハウスを簡単に悪者にできる人ってきっと今までも、そしてこれからもライブハウスと交わることのない人生を歩むのだろうと思う。

だから、安易に悪者にできるのだ。

そういう意味で、その人がライブハウスに向けてのたまうネガティブなお言葉は、別に聞く耳を持つ必要すらないと思う。

そして、そこで増幅する敵意の感情なんて風向きが変われば霧散するもろいものなので、テキトーに流してしまえばいいと思うのだ。

結局、そこで明らかになるのは、その人は“そういう人だった”という事実だけなのだから。

想像力の話

つくづく思うけれど、いわゆる「弱い立場のもの・ひと」に対する想像力って、その人の人生の価値を決めちゃうよなーと思うのだ。

例えば、今の局面でいえば、ファンも含めて様々な形で日々の生活に音楽が密接に関わっている人って、わりと「弱い立場」だと思うのだ。

ライブハウスを簡単に切り捨てられる生活にいる人と比べたら、立場的に「強く」はないことが多い。

で。

もし、ライブハウスなんて日々の生活に関係してこなかった人が、ライブハウスのことを大切にしている人のことをきちんと「想像」できるなら、きっとそこにあるコミュニケーションって大きく変わるのだろうなーと思う。

そして、仮にそういうことまできちんと想像できる人はきっと、豊かな景色で物事をみれているんじゃないかなーなんて思うのである。

想像力がある人は、きっと素敵な人が多いし、言葉の使い方に常に思いやりがあると思うのだ。

逆に、想像力がない人は振る舞いも言葉遣いも「きつい」ものであることが多い。

ドラッグストアまわりの話だってそうだろう。

店員を人としてみれない人こそが“ウイルス”になっている事例は様々なところで報告されている。

ここでも、欠けているのは明確なる店員に対する想像力である。

というか、マスクが売れきれになることの想像力とか、安易に外に出てしまう想像力とか、もう色んな想像力がなければないほど、アレになってしまうことが多い。

そう。

大きく想像力を欠いてしまったとき、人は愚かなことをしてしまうんだろうなーと思う。

そもそも、コロナまわりのまずい話の多くは、想像力が欠けていたことからはじまったことだろう。

政治のレベルでもそう言えるだし、エンタメ業界に対する風当たりだって、本質は同じだと思うのだ。

話は変わるけれど、平凡のライブハウスで起こるいざこざだって、多くの場合は「想像力の欠けた行為」から引き起こされるものだ。

同じ地平で語るべきではないかもだけど、痴漢も暴動も不快なマナー違反も、結局は想像力のある・なしのところに話は帰結する。

人のことを気にしすぎるのは良くない、という話もあるだろうけれど、想像力を欠いてしまった行為を安易に行う方が愚かしいことは確かだ。

どんな物事においても想像力はすごく大事だという話である。

で。

音楽がいいなーって思うのは、結局のところ、この想像力と密接に結びついているからだと思うのだ。

音楽まわりには想像力が豊かな人がたくさんいて、そういう想像力に触れられる喜びを感じるからなんだよなーなんて思うのだ。

いわゆる商業的なものにカジを切りまくったエンタメにぐっとこないのは、きっとそういう想像力から切り離されたものだからなんだろうなーなんて思ったりするし。

なんか話が脇道にそれまくっているが、想像力ってすごく大事なんだよなってことが言いたくて。

スポンサーリンク

まとめにかえて

お金がない人もいるかもしれない。

立場的に現状に対してどうすることもできないと歯がゆい気持ちになっている人もいるかもしれない。

でも、豊かな想像力を磨いて、自分の視界と物事を捉え方を豊かにすることは、いくらでもできると思うのだ。

幸い、そこにお金や立場は関係ないのだから。

確かに希望を描きづらい世の中だ。

そして、その分穏やかではなくなる人だってたくさんいると思う。

でも、自分が持っているその想像力をきちんと豊かなものにして、できるレベルのことを粛々と行えば、きっと思っているよりも暗いことにはならないと思うのだ。

そして、そこが磨かれると、不思議と自分の視界と捉え方も変わってきて、どんな境遇でも幸せを見つけられるようになるし、そういう流れに寄せて日々も好転したりするのである。

わりと、本気でそう思う。

本当に大事なことは、そんなに難しいことばかりじゃない。

なんにしても、その根本にあるのは、相手への想像力、という話だ。

想像力だけは奪われず、そこに対して、しかるべき想像力を磨いた人こそが、次のフェーズで良い感じになるんじゃないかなーなんて思う。

つまりは、なんだかんだいっても、ライブハウス側にいる人間が「幸せ」への距離は近いんじゃないかな―ということ。

失うものもある。

厳しいことだってたくさんある。

でも、素敵な想像力を最後まで絶やさなかった人ほど、結果的に、長期的にみて、素敵な未来を掴むんじゃないかなーなんて、そんなことを、ふと思うのである。

スポンサーリンク

LINEで送る
Pocket