前説

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人気だったバンドの人気があるタイミングで下り坂になることってある。

昔はチケットが取りにくかったのに今は簡単に取れるようになってしまったとか。

昔は武道館とかでライブをやったのに、今は数百人くらいのキャパのワンマンもソールドしないとか。

どうしても流行り廃りはあるわけで、そういうことって起こってしまちがちである。

そういうとき、そのバンドってわりと周りから「渋い」という評価を受けがちである。

でも、そういう渋いという評価を得たバンドの音楽って、たまらなくかっこいいと思うことが多いよなーという話。

本編

誰を渋いというのかは人によって違うけれど、このカテゴリーにハマるバンドメンバーはそれなりに歳を重ねている人がきっと多いと思う。

最初は若手だったバンドも10年とか20年が経てば、おっさんバンドというような見られることをする。

一部の例外を除けば、どうしたってそうなってしまいがちである。

今のバンドシーンでいえば、ロックフェスの歴史の始まりにいたバンドがわりと「渋い」立ち位置になるのかなーと思う。

ハイスタでさえ、若い人からすればきっと「渋いバンド」になるのだと思う。

この「渋い」の捉え方はもちろん人によって違うけれど、長い年月シーンに君臨しているからこその深みがそこに内在していることは間違いないと思うのだ。

お笑いの話だと、最近第7世代の躍進が目立っている。

ロックシーンの場合、はっぴいえんど辺りを「祖」とする風潮があるように思うが、なかなかにバンドを「世代」にしてシーンを語るのはむずい。

ただし、今も続く人気ロックフェスを軸にすると、わりと世代として語りやすいのかなーと思っていて。

例えば、ロッキンというフェスで語るならば、Dragon Ashは間違いなく第一世代のバンドだ。

このバンドがいたからこそ、ロックフェスは盛り上がり、そして今もなお続くものになった部分が強い。

昔は若者のカリスマのようなバンドだったDragon Ashは、今は若者のアイコンではなくなった。

つまり、「渋い」バンドの立ち位置になったのかなーと思う。

でも、渋いバンドになるということは、それだけバンドとしての表現力に深みが生まれたことの現れであることも多い。

バンド好きの多くが存じているように、バンドはそもそも続くことが大変なものだ。

そのため、「渋いバンド」になる前にそのキャリアを閉じてしまうバンドも多い。

つまるところ、本当の意味で成熟したサウンドを鳴らせるバンドは、そこまで多くないということだ。

演奏がうまいのか、パフォーマンスに説得力があるのかはバンドによって違うけれど、歴戦をくぐり抜けたバンドだからこその「深み」は間違いなく宿っている。

そのように思うのだ。

「渋いバンド」はなんせ渋いだけあって、Twitterでいうところの日タグに名前が出てくることはほとんどない。

ファンの母数でいっても、若者の数は少なくなりがちだ(BUMPみたいなバンドもいるので、もちろん例外はたくさんあるけれど)。

でも、だからこそライブにおけるオーディエンスの空気は穏やかだし、どこからし通ず合うものがありがちなのだ。

成熟したサウンドと、通じ合っているオーディエンスで繋がれる音の場は、途方もなく心地よいのである。

渋いバンドを追いかけてきた渋いファンだからこそ得ることのできる快楽なのかもなーと思う。

まとめ

渋いバンドはかっこいい。

音楽にハマりたての頃はあまりピンとこない価値観かもしれないけれど、あるときふとその「深み」の素晴らしさに気づくのだ。

若いバンドには若いバンドの良さがある。

でも、渋いバンドが持つ魅力は、若いバンドにはそう簡単に出すことはできない。

それだけは間違いないよなーと思う。

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