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BURNOUT SYNDROMESの新曲「ヒカリアレ」。

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この歌は人気アニメ「ハイキュー!!」のオープニングとしても使用されている。

そんな彼らはこの歌にどんな想いを込めたのか。考えてみたいと思う。

作詞:熊谷和海
作曲:熊谷和海

躯中の細胞に火を熾すように
目一杯に空気を吸い込んだ
血と汗を贄に 憧れを聖火に
最大音量で叫べよ

光あれ

未来への祈りを合図に火蓋を切る

光あれ
行け 闇を滑走路にして
己の道を敬虔に駆けろ
光あれ
一寸先の絶望へ
二寸先の栄光を信じて

光あれ
大地を蹴る理由は唯一つ
もっと眩く俺は飛べる
光あれ
君の今日の輝きが
迷える友の明日を照らすよ

夢 十字架のように背負い
楽園を目指す戦士達に

聳え立つ壁に 不安喰らう魔物に
希望という風穴 穿つのは
僅かな可能性 信じ抜く勇気だ
最大音量で叫べよ

光あれ 行け 影と歩幅合わせ
己と戦う日々に幸あれ
歪曲らず屈折せず 理想を追い続ける
その覚悟を「光」と呼ぼう

光あれ
行け 闇を滑走路にして
己の道を敬虔に駆けろ
光あれ
一寸先の絶望へ
二寸先の栄光を信じて

光あれ
天空翔ける流れ星は今夜
命を触媒に燃える
光あれ
君の今日の輝きが
迷える友の明日を照らすよ

未来への祈りを合図に火蓋を切る
無限大の夢 十字架のように背負い
楽園を目指す戦士達に光あれ

以上である。

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アニメのタイアップである以上、極力希望の持てるメッセージを、より最初ネガティヴ→けれど変化→最大限ポジティブという、王道アニソン歌詞を踏襲している。

アニソンの歌詞のメッセージとしては確かに「王道」かもしれないけれど、その「王道」をどう描くのかというところがポイントだし、そこで眼を見張るものがあると思うのだ。

まず、「ヒカリアレ」というタイトルだが、なぜこれはカタカナにしたのだろうか。

別に「光あれ」でもよかったのに。

あと、「贄」とか「敬虔」とか「十字架」とか使用する単語がどこかキリスト教的宗教観があるように感じるのもポイントである。

これはタイトルにも光と影の相反をより濃く描きたかったからだと思われる。

善悪二元論という認識の仕方があり、それはキリスト教とも根深い認識論なのである。

光と影という、下手すぎる対比に個性を混ぜるべく、彼らは「宗教的二元論」を混ぜたというわけである。

なんかもう少し資料読み込んでから追記するので、しばしお待ちください。

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