LINEで送る
Pocket

アジカンことASIAN KUNG-FU GENERATIONの「ループ&ループ」。

スポンサーリンク

この歌を収録している『ソルファ』の再録が新たにリリースされるということで、改めてこの歌の歌詞の意味を考えてみたい。

おそらく、ゴッチは明確に3.11以前と以後で音楽に対するスタンスも歌詞に込める思いも変わっていると思う。

まあ、以前も「ブラックアウト」なんかでも、わりと象徴的の光景を歌詞にしていたけれども。

そんなことを踏まえながら歌詞を見ていきたい。

作詞:後藤正文
作曲:後藤正文

右手に白い紙
理由なき僕の絵を
描いた途中で投げ出す
その光る明日を

白い紙とは、自分の未来は様々な可能性があることを想起させる比喩である。

人生を生きていくというのは、そんな真っ白の紙に絵を描いていくような作業である一方で、出来上がった絵がその絵になった意図はなんてないのだろう。(それを人生に置き換えれば、なんでこの学校に入ったのか?と人に尋ねられても上手く説明できず、「なんとなく」と答えてしまうようなものであろう)。

そんな風にして絵ができつつあるのを、あるタイミングで途中で投げ出してしまうことで、(要は急に進路を変えてしまうことで)光る明日もあるかもよ、というのが冒頭のフレーズ。

なんとなくで会社に就職したけれど、それをやめて海外に行っちゃうみたいな急な進路変更だってありかもよ。

そんな無茶苦茶をすることで、拓く可能性だってあるんじゃないかな?というわけである。

左手汚して
名も無き君の絵を
描いた宇宙で出会った
その光る明日を
とめどない青 消える景色
終わる冬を

人生を生きていくということは、誰かの人生にも影響を与えるわけである。

大きな範囲の人に影響は与えなくても、例えば、友達や恋人や先輩後輩や家族などなど、少なからず何かしらの影響を与えているわけだ。

それによって誰かの可能性を奪うこともあれば、辛かった冬の寒さのように辛い日々に終止符を打たせることもあるのだろう。(要は君の存在がその人の生きる喜びになる可能性だってあるわけだ!)

君という存在に出会うことで与える喜びや悲しみの可能性は宇宙の広さ並みに大きいわけである。

要は君は尊く、色んな可能性を秘めているという話。

抜け出す扉を沈めるひどい雨
染み込む心の奥底に響いて
頼りない明日の儚い想いも
僅かな光で切り取る白い影

扉とは、次のステップを意味するよくある比喩。

雨とは、苦難を意味するよくある比喩。

そんな困難が心に響くことで、明日を変化させる具体的な力になることもある。

明日が頼りないということは、そんなに明日は明るいものではないのかもしれないけれど、でも自分が信じてた夢が明日叶う可能性だってもちろんあるわけだ。

僅かな光はいつだってあるのである。

切り取るのは白い影という曖昧なものであり、どちらに転がるかわからないわけだ。

所詮 突き刺して彷徨って
塗りつぶす君の今日も
つまりエンド&スタート
積み上げる弱い魔法
由縁 失って彷徨って
垂れ流す 僕の今日を
走り出したエンドロール
つまらないイメージを壊せ
そうさ

塗り潰すように惰性で生きた今日。

突き刺したり彷徨ったりするだけで中身のない1日。

でも、それは弱い魔法を積み上げるような営みなのだ(積み上げ続けたら大きな力になるかはまだわからないけれども)

最初は目標があって始めたこともいつかそれがなくなって惰性になってしまうし、気がつけば続けるだけの毎日。

垂れ流すようにしか生きなかった僕の今日。

僕も君もその辺によくいる若者と同じように、ただ毎日をダラダラ生きている。

けれど、そんな日々でも意味がある。

何かを「エンド」させて、何かを「スタート」させているわけだ。

つまらないイメージを壊して動き出せば、自分たちの予定されているエンドロールの内容はまた変わる。

ループ&ループしている毎日でも少しずつ変化は起きているし、もっと大きな変化を起こすには自分のループしている毎日を壊すことで始まるわけだ。

スポンサーリンク

続きの歌詞をみてみよう。

君と僕で絡まって
繋ぐ…未来
最終形のその先を
担う…世代

僕が描いたその影に
君の未来は霞んでしまった?

君と僕が絡まって未来を繋ぐというのは、子孫繁栄を思い起こさせるフレーズであり、少し官能的にも感じてしまう。

でも、人間って、生き物って、そういうことなのだ。

僕たちは大きな歴史を繋ぐ大切な存在であり、どんな形であれ(仮に子供を産まない選択をしたとしても)次の世代にバトンを渡す大切な役割があるわけだ。(ゴッチが反原発に肩入れしているのは、きっとこういう発想が一番の根本なのだと思う)

もし君の夢が僕の夢と重なり合うものでなければ、僕が僕の夢を膨らませば、君は君の夢の何かを犠牲にしなければならないかもしれないわけで(全てを叶えることはできない)、だからここで疑問符を使って僕は君にそんな問いかけをするのである。

例えば、僕が子供を望んでも、君が仕事でバリバリの人生を望んでいたら、誰かが何かを諦めないといけない可能性が出てくるわけで。

そんな微妙な余韻を残すフレーズである。

所詮 突き刺して彷徨って
塗りつぶす君の今日も
つまりエンド&スタート
積み上げる弱い魔法
由縁 失って彷徨って
垂れ流す 僕の今日を
走り出したエンドロール
つまらないイメージを壊せ
そうさ

そして、同じサビをループさせて、この歌は締めくくられる。

おそらく、当時のゴッチは若者の閉塞した感情を上手く言葉にはてはめながらも、そこに細やかな希望を描いてみせた歌だったような感じがする。

けれど、バンド活動というものをまさしくループ&ループさせたアジカンはついに20周年を迎えた。

その果てに、あったものとは。

その結論のひとつとして、『ソルファ』というアルバムをリライトした彼ら。

一体、その本心とは何なのか…。

という中途半端な答えになったけれど、あなたはどう感じますか?

スポンサーリンク

LINEで送る
Pocket