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音楽を骨の髄まで味わおうとする際、歌詞や音に関してはしっかり考察をしたり感性をフル動員させて堪能したりする人が多いように思う。

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しかし、音楽の魅力は歌詞や音だけに宿るものではなかったりもするのだ。

今回は、歌詞や楽曲というものから少し離れたところで、音楽というものについて考察してみたい。

どういうことか。

今回、スポットを当てるのはCDジャケットである。

色んなCDジャケットを見ながら、このCDジャケットってこんな意味が込められてるんじゃね?みたい妄想をはためかせていきたいわけである。

早速みてみよう。

まずは、こちらのジャケットから。

これは、ミスチルの「掌」というシングルのジャケットである。

明らかに老人と思われる人物の手に、コスモスの花が載っている写真である。

このジャケットにはどんなメッセージが込められているのだろうか。

ポイントは深く皺が刻みこまれた老人の手と、コスモスのような白い花であろう。

なぜ、赤ちゃんの手や、綺麗な女性の手、あるいはホネボネしい男性の手でもなく、こんなにもたくさんの深い皺を刻んだ老人の手を使ったのだろうか。

当然ながら、深い皺にメッセージを込めているからだの思われる。

深い皺をみたら、長い年月や、その年月の苦労とか悲しみとかに思いを馳せるのではないだろうか。

人によっては、そこから戦争とか貧困とかを連想するかもしれない。

いずれにせよ、何かしらの重いメッセージを受け取る人は多いだろう。

これが綺麗な女性の手であれば、少なくとも「深い悲しみ」のようなモノを連想する人はいないと思われる。

さて、そんな老人の手とは対照的に、綺麗なままで置いとかれたコスモスのような白い花。

これはこれで象徴的に見えるし、明らかに老人の手と対比的になるように配置されているようにみえる。

ミスチルにおけるコスモスと言えば、掌も収録されているシフクノオトというアルバムの「花言葉」という歌を連想する人もいるかもしれない。

ちなみに白いコスモスの花言葉は「美麗・純潔・優美」という意味だそうだ。

やはり、老人の手と対極のような存在としてコスモスの花が存在していることがわかる。

「美麗・純潔」と対極にある老人の手に白いコスモスを持たせるその理由とはなんだろうか?

おそらく、この老人はその手でたくさんのモノ(人)を傷つけ、多くのモノ(人)を失ってきたのだろう。

けれど、何もかも失ったわけでもなく、人を傷つけた分だけ、その手で守り抜いたものもあることをイメージさせるわけだ。

その守り抜いたモノの象徴が、「純潔」の白いコスモスに託されたわけである。

生きることの壮絶さを物語りつつも、その道は無意味なものではなかったことを暗に意味させているわけだ。

人から見れば、みっともないように見えた人生の中でも、確かに守り抜き、美しく輝いたものをその掌に握りしめているわけだ。

歳を重ねても、その大切なものは失わなかったということも意味しているのかもしれない。

もちろん、このジャケットは「掌」という歌のジャケットなわけで、掌の歌詞のフレーズと呼応するように、このジャケットは作られており、このジャケットが語るものの核心はわ掌の歌詞に託されているわけではあるのだけれども。

その辺りも含め、実に巧みなジャケットであるように感じる。

別のジャケットもみてみよう。

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次のジャケットは、こちらである。

これはスピッツの小さな生き物というアルバムのジャケットである。

このジャケットのポイントは、登場人物が空を飛ぼうとしているところにあると思う。

この人物はわどこかに飛ぼうとしているわけだが、どこに飛ぶかまでは提示されていない。

この「飛ぼうとしている人」の顔をみてみると、喜怒哀楽の中で選ぶならば「微笑み」に近い表情をしているようにみえる。

視線は上の方にあり、間違いなくその人物はわ確実に飛ぶことを成功させるイメージしか持っていないように思う。

少なくとも、失敗したらどうしようなんて不安や迷いは表情から一切感じさせない。

彼がどういう思いで飛ぶことを決心したのかはわからないが、飛ぶことで「違う景色」をみたいと考えていたことは間違いない。

それはつまり、小さな星の隅っこで生きている小さな生き物が、ほんの少し「大きくなれる」瞬間なわけだ。

そして、飛べば広い視点でモノを見れるからこそ「守りたい生き物」を見つけることができるかもしれない、と考えているのかもしれない。

そんな思いを抱いているのかはわからないが、結果として、このジャケット一枚だけで「小さな生き物」というアルバムを雄弁に語ることに成功しているという意味で、すごいジャケットだなーなんて思う。

レンタルだったり、ネットで音楽を聴くことが当たり前の人にとっては、なかなかじっくり見ることがないアルバムのアートワーク。

しかし、このアートワークこそが何よりも作品の本質を雄弁に物語っていることも多く、そこにはアーティストと様々なクリエイターのアイデアが結集した「エグいもの」になってることも多いわけで、このアートワークはどういう意味を持っているのか、どんな拘りを持って作られているのかを考えてみるのも、なかなかに面白いのではないかと思ったり思わなかったりする次第である。

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