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僕が能動的に音楽を聴くようになったのは中学1年の頃。

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最初はスピッツとかポルノグラフィティとかゆずが好きになって、新譜から遡るように音源を漁って聴くようになったのが、最初の音楽体験のハイライト。

親はそんなに音楽を聴かない人だったので、自宅には古ぼけたカセットデッキしかなかったので、音源は全てカセットテープに録音して聴いた。

間違って上から録音して大切な音源を消してしまったり、再生が終わっても録音の停止ボタンを押すのを忘れてしまって音が空のまま録音をしてしまったり、色々失敗が多かったカセットテープ時代。

でも、不思議なことに、そんな無駄や失敗も含めて、当時は音楽を聴くということが楽しかった。

録音ボタンを止めるのを忘れないようにするために、歌詞カードを舐めるようにして読みながら音楽を聴いたりしたのも今となっては良い想い出だ。

(ちなみに、後にMDプレイヤーのみ購入し、録音はMDコンポのある友人宅でさせてもらうようになる)

それが、僕の音楽元年の記憶。

そして、そんな年に僕はBUMPと出会った。

その年にリリースされたのが、今でも彼らの代表曲である「天体観測」だったのだ。

当時の僕も、天体観測でその名を馳せたBUMPにはがっちり心を捕まえられた。

昔から友達付き合いが良い方ではなく、どちらかといえば、殻にこもって一人で本とかを読む方が好きだった僕にとって、藤くんが繋ぐ、どこか内向的なんだけど、でも下ばかりを向かないで勇気と希望を与えてくれる言葉の数々に、胸を打たれ、何度も何度も彼らの楽曲を聴くようになった。

演奏は上手くない。

別に歌も上手いとは思わない。

メロディーがすごくいいってわけでもない。

けれど、気がついたらもう一度もう一度って、彼らの音楽を求めてしまう。

僕にとって、BUMPの音楽とはそういう不思議な距離感のものだった。

「jupiter」をリリースしてから「スノースマイル」までの10ヶ月間がすごく長く感じられたのが懐かしい記憶。

今のようにネットで簡単に情報が届けられる世の中でもなかったし、当時の僕は音源以外の彼らの活躍を知らなかった。

だからいつも思った。

奴らの次の音源はいつ出るんだよ?もしかして辞めちゃったの?一発屋だったのかな?なんて今にして思えば、大きなお世話だよと言われかねない不安を抱えて、勝手ながらに落胆していた。

そんなある日、毎週足を運んでいたCD屋さんに置いてある某音楽誌をチラッと読んでみると、BUMPの名前が踊りでて、新譜リリースの話が書いてあったことを発見したときの喜びは、今でも鮮明に覚えている。

BUMPのデビューと自分の音楽体験の始まりの距離が近いこともあって、僕にとって、BUMPの音楽は、どこか原点に近い感覚があったし、ノスタルジーの対象にもなりがちだった。

だからこそ、彼らが変わっていくその歴史をみると、何とも言えない気持ちになるし、同じように自分も変わってしまっていった歴史に思いを馳せたりもする。

まあ、こんなことを書いてるが、BUMPのライブは別に昔から行っていたわけではない。

昔はライブに一人で行くのが怖いと感じていたし、BUMPのライブに誘っていってくれる友達も、BUMPのライブに誘えばいってくれる友達もいなかったし、そもそも日程的に縁のないことが多くて、社会人になるまで「BUMPのライブ」に足を運ぶことはなかった。

随分、前置きが長くなった。

そんな僕は今回、BUMPが現在行なっている全国ツアー「TOUR 2017-2018 PATHFINDER」の石川公演に行ってきた。

今ツアー、最初で最後の参戦、一発勝負となったわけだが、今回のライブ、個人的には色々とノスタルジーな気分になることが多くなった。

まあ、プライベートで色々あったからかもしれない。

けれど、だからこそ、ここ最近、更新を止めていたブログも久しぶりに更新しようという気分になったのかもしれない。

*さて、ここからは、ツアーのセトリについて、ネタバレをしているので、嫌な方は読まないでおいてください。

twitterのフォロワー各位から話には聞いていたけど、新旧織り交ぜた感涙のセトリ、ザイロバンドやモニターの光源で丁寧に創り上げる幻想的な世界、孤独も悲しみも不安も全て包み込んで、「今の君で大丈夫なんだよ。そのままで大丈夫だからね」と言ってくれているような気分にさせてくれる藤くんの優しい歌声、そしてそんな藤くんをはじめ、メンバーがそれぞれのことを信頼していることが見てわかる、強さと優しさを兼ね揃えたBUMPメンバーの演奏と絆をみて、あっという間に意識はライブに飲まれてしまう。

石川公演のセトリはこうだった。

1.GO
2.天体観測
3.ray
4.トーチ
5.Ever Lasting Lie
6.記念撮影
7.pinkie
8.花の名
9.三ツ星カルテット
10.You were here
11.アンサー
12.ラフ・メイカー
13.宝石になった日
14.Butterfly
15.fire sign
16.リボン

アンコール
17.Merry Christmas
18.流星群

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こういうライブレポを書く場合、読み手の「知りたい情報」を詳細に書くのが正しいブログのありかたであり、例えばそれは、MCがどうだったとか、この曲の演出がどうだったとか、花の名の歌詞変えがどうだったのか、ヒロが「仕切り」をした時の仕切りがグダグダでそれがめちゃくちゃ可愛かったけど、どう可愛いかったのかとか、升秀夫の青いシャツを羽織っている姿はただただ勇ましかったけど、他にどんな動きをしていたのかとか、そんなことを書くべきなのだろうけど、残念ながら僕はそういうことはあんまり覚えていない。

多分そういうことを詳細にレポートされている人は、twitter上のBUMPerにたくさんいると思うので、そういうのはその人たちに任せて、僕はそのライブを観て、どう感じたのかをただただ書いていきたい。

さて、僕は最初「Go」が始まったときから、なんだか泣きそうな気分になった。

ライブで、滅多に泣きそうな気持ちになんてならないのに。

それには理由があって、BUMPのライブって藤くんの歌声を本当に大事にするような音のバランスを取っていて、とにかく歌詞を聞き取りやすいような音のバランスになっている。

だから、藤くんの歌うフレーズフレーズひとつずつがスルッと耳に入ってくるのだ。

「Go」の歌詞はこんな感じである。

歩くのが下手って気付いた ぶつかってばかり傷だらけ
どこに行くべきかも曖昧 でこぼこ丸い地球の上
叱られてばかりだったから 俯いたままで固まった
遠くで響くトランペット 固まったままで聴いていた

<以下略>

とても素晴らしい日になるよ 選ばれなくても選んだ未来
ここまで繋いだ足跡が 後ろから声を揃えて歌う
心が宝石を生む度に 高く浮かべて名前付けた
強くなくたって面白い 涙と笑った最初の日

何かが変わったわけじゃない 何かが解ったわけじゃない
でこぼこ丸い地球の上

誰かが誰かを呼んだ声 知らない同士 人の群れ
でこぼこ丸い地球の上

藤くんはちょいちょい歌詞変えをするから、これ通りに歌っていたどうか、僕はあんまりはっきりと覚えてない。

間奏前のサビ終わりで、藤くんが「お前らに会いに来たんだよ、金沢っ!ー」って叫んでたのは覚えてるが、それ以上の細かなフレーズの違いは何一つ覚えてない。

ただ、今、このフレーズひとつひとつを読んでもそうだが、その時に聴こえてくるフレーズがスルッと心の中に入ってきて、心の柔らかい部分をキュッと捕まえ、そして色んなことを思い返す心地に陥ったことだけは確かだった。

色んなことを思った。

自分っていつからこんなに汚れてしまったのだろうか、と。

純粋に音楽を聴いていたあの頃から幾つもの月日が流れ、純粋とはすごく遠いところに来てしまった自分を思い、カセットテープでのダビングを楽しんでしていて純粋に音楽が好きだった頃の自分を思い、何が本当に大切なもので何が本当に大切なものじゃないのかを忘れてしまっていい加減な日々を送っていた自分を思い、ブログでも何でもいい加減なことばかり書いて言葉を軽くさせていた自分を思い、それでもそんな自分を肯定してくれるような藤くんの歌声とフレーズに、なんだか涙が止まらなくなったのだ。

で、「Go」の次に披露されたのが「天体観測」。

音楽を純粋に聴いていたあの日と今を繋ぐような歌。

僕にとって「音楽に純粋だった頃の証明」を示すような歌のひとつ。

この日披露された「天体観測」は、おそらくいつもの「天体観測」だったし、ノることはあってもこの歌で泣く人はなかなかいなかったと思うが、僕はこの歌を聴いて、自分が純粋から遠のいていったその道中を思い返し、BUMPの歌で言えば、「ロストマン」な気分になって、僕は「天体観測」を聴いていた。

「見えないモノを見ようとして」ずっと生きてきたあの頃の自分は、いつの間にか「見えているモノを 見落として」いた自分に変わってたことに気づき、やっぱりただただ泣いてしまっていた。

そんな気分になっているのに、次の曲は「RAY」でこれまた胸を締め付ける。

◯×△どれかなんて 皆と比べてどうかなんて
確かめる間も無い程 生きるのは最高だ
あまり泣かなくなっても
ごまかして笑っていくよ
大丈夫だ あの痛みは 忘れたって消えやしない
大丈夫だ この光の始まりには 君がいる

なんて言われたら、もう涙腺崩壊も良いところである。

そして、ひとしきり感傷モードに酔いしれると、少しずつ冷静にライブを観れるようになって、生まれて初めて聴いた生pinkieにうおーって感情を芽生えさせたり、三ツ星カルテットでヒデがテンポキープをミスったりしているのを冷静に聴いていられた。

なにより、まるで解毒剤の如く、心に留めていた毒を抜いていくように、何かに浄化されていくようにBUMPの音楽に酔いしれ続けたのだった。

ところで、僕はライブ中、ひとつだけ気になったことがある。

それは、チャマのMCにあった。

ライブ中のMCで、3年ぶりに石川に来たよー!みたいな話をするんだけど、次の石川でのライブ宣言に対する言葉の全てが、妙に歯切れが悪くて、その歯切れの悪さに妙な違和感を覚えたのだ。

普通なら、予定が一切決まってなくても「またいつか次来るからね!」って力強く宣言すると思うんだけど、チャマは「次に金沢に来ることはあるかはわかんないけと、もしあったらそのときは来てね」みたいな、「次のライブ」に対する宣言が妙に弱々しく聞こえたのだ。

本当はもう二度とないけれど、それをあえて隠しているような、そんな印象すら僕は持って。

また、アンコールが終わって、藤くんがステージ上で、最後にするMCにも、どこか悲しみに満ちたものが見え隠れした。

俺すごい寂しいんだ。この寂しさの正体はみんなと一緒にすげえ綺麗なモンを共有できたこととか、もう終わっちゃうことの寂しさとか、またライブやったらみんなきてくれるのかなとか、そういう事考えてたらすごく寂しくて、すげえ楽しかったから余計寂しくてって……

そんな言葉を放った藤くんは、本当にステージから去るのが名残惜しそうだった。

いや、寂しいのはわかるよ。

僕らだって寂しい。

けれど、ファンのほとんどが寂しいけど寂しくないと感じるのは、また会えるって思ってるからだと思うのだ。

なのに、また会いにきてくれる側の藤くんがここまで寂しそうにしているその姿は、何かの「終わり」を知ってしまっているように見えた。

もう本当は次はないんだよ、って。

別に今ツアーが終わったら解散とか、次のアルバムがラストとか言うつもりはないけれど、でも、もしかしたら藤くんの身体は実はそんなに宜しくなくて長い長期休暇が必要になっているのかもしれなくて、だから金沢公演は「いつかやるかも」な約束すらできない状態になっているんじゃないかと思ったり、そうじゃなくても、何しらの理由でツアーというものを今後やるのは難しくなっているのかもしれない、なんてふと思ったりして。

仮にその想像自体は杞憂なのだとしても、どんなものだって「永遠」なんてあるはずがなくて、いつかは終わりがくるわけで、それはずっと自分の音楽体験と並走してきたBUMPにも言えることなんだって改めて痛感して、僕はそのとき、胸に寂しさを感じたのだ。

最後に歌った流星群の間、モニターに映し出されたのはたくさんの流れ星の軌跡だったけれど、流れ星は流れたら消えちゃうわけで、それはBUMPという存在においても、同じことが言えるのだと実感すふと、またなんだか泣きたい気分になったのだ。

BUMPという存在も、自分にとってすごく大切なものにも「永遠」はない。

それを自覚すると、どうしようもなく寂しい気持ちになって、泣きそうな気分になったわけだ。

でも、そういう気持ちを持てるからこそ、大切にしたいと思うものを手にしたとき、大切にしようって決意できるのかもしれないなんて思う。

それはリボンのように簡単に解けてしまう弱い決意なのかもしれないけれど、そんな感傷を改めて感じさせ、心の部分でそっと支えて力になってくれるBUMPの音楽とライブって、やっぱりすごく尊くて、だからこそBUMPは他のバンドと違う「特別な存在」なんだなーと実感した。

そんな12月のある日の記憶。

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