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Mステの出演アーティスト、全部邦ロックバンドならいいのに!という人がいる。

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こういう物言い、そうしたら自分は嬉しいのにな〜くらいのテンションで言うんなら全然いいんだけど、そうじゃない人もたまにいる。

たまに過激派の人がいて、マジで出演者全部が邦ロックバンド(しかも単純に自分が好きなバンド)のみが出演したら、絶対に視聴率が上がると本気で思い込んでいたりする。

ここで改めて述べておく。

安心してほしい。

そんなことは絶対にないよ、と。

これはフォーリミ出演時のTwitterでのトレンドランキングをスクショしたものであり、あくまでも世間での反応のほんの一部に過ぎないわけだが、同日に出演していたyoutuberアーティストの方が反応が大きいことがわかる。

ここで言いたいのは、世間には自分と違う感性をもつ音楽ファンもたくさんいるということであり、あまり好みではない音楽にだって良いところはたくさんあるんだから、ぜひともそういう音楽にも触れてほしいなーという話。

まあ、これ以上はお説教臭くなるので、そんな話はさっさと切り上げたい。

ここで考えたいのは、なぜ一部の邦ロックファンはそこまで邦ロックを過信してしまうのか、ということであり、ここまで過信しないにしても邦ロックバンドがテレビに出ると、まるで自分の友達がテレビに出たかのように嬉しくなってしまい、騒いでしまう人が一定数いるのか、ということである。

まあ、人間って自分と同じもの、似ているものに対して愛着をもつっていう習性があるそうで。

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これと似ている事例としてあげられるのが海外スポーツ選手の需要のされ方だと思う。

例えば、野球なんかでメジャーに挑戦した選手が活躍すると、やたらと嬉しくなって騒ぎ立てる人が一定数いる。

これって海外という場所に日本人という自分と共通点をもった人が活躍しているから、というのが背景としてあり、日本人というところ以外共通点はないはずなのに、まるで身内という意識を持ってしまうのである。

そもそも、スポーツって、基本そういう理屈でチームを応援しがちで。

世界大会なら同じ国を、全国大会なら同じ都道府県を、応援しがちである。

邦ロックバンドをやたらと過信する人は知らず知らずのうちにこのマジックにかかっており、邦ロック=自分と同じものであり、自分と同じものが認められる=自分が認められる、そんな気分になるからこそ、どこまでも邦ロックを過信して、「Mステに出演するバンドが全て邦ロックバンドなら絶対に視聴率が上がる!」という話をしてしまうのである。

ちなみに、この同じもの、似ているものなら好意をもう、というのは今のフェスシーンにも蔓延る価値観であり、みんなが同じ動きをしたがったり、同じような消費をしたがるのも、似たような意識が働いているように思う。

もちろん、それ自体が悪いことではないのだが、何でも行き過ぎは良くないという話だし、個人的には音楽ってもっと自由だし、多様な価値と感性を提供してくれるものだと思うので、そういう多様な見方ができたらいいんじゃないかなーとは思ったり思わなかったり。

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