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音楽を耽溺する人というのは、自分の欠乏を埋めるために音楽を聴く人が多いように感じる。

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この「欠乏」というのは、心が満たされないから人肌を求めるように音楽を聴く、ということも含められるが、別にそれだけの話ではない。

例えば、勇気が出ないから音楽に力をもらう、みたいな話としても置き換えられる。

要は、心のドラッグとして音楽を聴いている、みたいな人が一定数いるという話。

で、どういう「欠乏」を埋めたいのかによって、歌詞に望むテーマって変わってくるのだろうが、世に溢れている音楽をみていくと、やはり恋愛をテーマにした歌うは多いように感じる。

さて、恋愛ソングと一口に言っても色々ある。

恋の盛り上がりを歌う歌もあれば、失恋を歌うものもある。

切り口やテーマは千差万別であれ、本質的には共感されること、その歌詞が刺さることを期待して、作詞家は言葉を紡いでいるはずだ。

今回は恋愛ソングを幾つかのパターンに分けて、恋愛ソングの歌詞について色々と考えてみたい。

1.女性が歌う女心系歌詞

例えば、ailkoだったり、木村カエラだったり、西野カナだったり、ドリカムだったり、SHISHAMOだったり。

シンガーである自身が恋愛曲を書き、それを歌うというスタイル。

実体験で書いてるのか、聴かせて共感させることを前提に歌詞を書いているのかは人それぞれだと思うが、女性だからこその視点で、女性の気持ちに寄り添う描き方をしているという点は通底していると思う。

このパターンの場合、女性に絶大な支持を集めることが多いが、男性にはあまり(不思議と)共感されることが少ない。

特に西野カナの「トリセツ」は色々と波紋を呼んだところをみると、男性と女性では、恋愛において「見ているもの」に大きな違いがあるのだなーと痛感する。

だからこそ、女性の描く恋愛歌詞だからこそ、女性に刺さるのだと思う。

2.男性が描く女心系歌詞

最近は、音楽はアーティストの物語も含めて需要されることが多いので、歌い手がそのまま作詞をすることが多いが、昭和歌謡曲全盛期時代は、シンガーとソングライターは分業で行うことが多かった。

それぞれのプロがそれぞれの分野でそれぞれの巧みを生み出す、という発想である。

けれど、松任谷由実が登場することで流れが大きく変わったし、宇多田ヒカルや椎名林檎みたいに、自分の中である程度は完結させてしまう人間が出てくることで、女性シンガーソングライターの様相は大きく変わったわけだ。

それでも、中島美嘉だったり、安室奈美恵だったり、Aimerだったりと、提供してもらった歌詞を歌い上げる女性アーティストだって幾つかいる。

そして、そういった恋愛ソングでも多くの女性の共感を得ることがある。

考えてみると、面白い話である。

先ほどの項では、恋愛においては男女間に考え方の違いがあるからこそ、恋愛ソングは女性が書いた方が刺さりやすい、みたいな結論を出そうとしたわけだが、その項により、その考えは粉砕されることになった。

それどころか、本来なら男性が書いたものであるはずの歌詞なのに、女性が書いた恋愛ソングよりも、女性に刺さってしまう恋愛ソングはたくさんあるわけだ。

なぜ、こういうことが起こるのだろうか?

その作詞家が女心をわかっているから成せる技なのだろうか?

あるいは、フレーズだけでみたら大したことは書いてないのだが、その女性シンガーの感情の込め方が卓越している故、ボーカルに言葉が乗ることで、刺さる歌詞に変わってしまっているだけなのだろうか?

まあ、モー娘。全盛期につんく♂が書いた、けっこう痛い歌詞でもそれなりの感じに聞こえてきたところをみると、歌詞なんてメロディーに乗せてしまえば、その意味や形は都合よく変わってしまうものなのかもしれない。

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3.男性が描く男心系歌詞

先ほどの項の結論は誰が歌詞を書こうが、女性が歌うというフィルターを通すことで、共感する恋愛ソングに早変わりしてしまう、というものであった。

歌詞を書く人の性別は関係ない。

歌う人の性別、表現力が大事なのだという結論。

だが、今はそうじゃない事例も多数報告されている。

というのも、男性が男心を歌った恋愛ソングのはずなのに、女性に刺さるという事例が多数発生しているのだ。

代表例としてあげたいのは、バクナン、クリープ、マイヘアである。

彼らの歌詞は「メンヘラっぽい」と揶揄されることもある。

歌詞の性質を紐解くと、依存性の強い男が何らかの事情で破局してしまい、そのときの気持ちを女々しく回想したり、恥ずかしげもなくその気持ちを吐露する歌詞が多く、そういう性質を指して「メンヘラっぽい」と揶揄するのである。

ただ、その恋愛観はあくまでも女性目線ではなく、男性目線であり、決して女性の媚びを売った歌詞ではない(と思う)。

もちろん、サウンドやメロディー面では色々と計算もあるわけで、バクナンが大衆ウケを狙ってることは間違いないし、マイヘアは骨太のゴリゴリバンドサウンドをかき鳴らしていて、音のかっこよさが歌詞の魅力を引き出している、という構図はあると思う。

が、それては説明がつかないくらい、バクナンとかクリープとかマイヘアの女性ウケはエグい。

こういう女々しい男心系歌詞を歌うバンドに限って、女子高生に刺さりがちであり、ライブ会場では女性ファンだらけになってしまうのはなぜなのだろうか?(彼らの歌詞は、男性にも刺さっているのかもしれないが、数でいえば女性の方が圧倒的に多いわけだ)

クリープハイプに至っては、わりと男性の性欲に忠実になりながら男心を叫ぶことも多いのに、女性の共感を得ている。

まあ、女性が書く女性歌詞でも性欲をオブラートにしないで、曝け出すことが一般的になりつつある風潮もあるので、性やエロに対する考え方が昔と比べたら大きく変わっているのは間違いないわけだが。

まあ、描き方はどうでもいい。

面白いのは、男心を歌った歌詞なのに、女性に刺さってしまうのはなぜなのか?ということである。

これは、恋愛における男女の心模様に変化がなくなってきたということだろうか?

あるいは、好きなバンド(アーティスト)が歌う言葉だから刺さるだけで、言ってる内容にはそんなに意味がないのだろうか?

でも、男心と女心が接近してきているなら、西野カナの歌詞に男性の支持がもっとあっていいものである。

が、西野カナの歌詞に共感する男性はほとんどいない。

もちろん、西野カナとバクナンとクリープとマイヘアでは支持している層が違いすぎて、男とか女とかの線引きではなく、女の中での線引きだって大事なのではないか?と言えるかもしれない。

女性と一口にいっても、スイーツもいればメンヘラもいるわけで、的な。

ただ、本質的には、女の人の心のあり方自体は、みんな一緒なのだと思う。

ただし、過去にどんな恋愛を経験したのか、そしてどんな失恋してきたのか、そのときの悲しみをどのように乗り越えてきたか、などなどその人の歴史と物語によってハマる歌詞が変わってくるだけで、通底する心の喜びと悲しみはどんなみーんな同じなのである。

ただし、恋愛において裏切られるよりも裏切ることが多い人と、裏切るよりも裏切られることが多い人ではハマる歌詞が違ってくるというだけで(誰の歌詞がどのタイプにハマるのかまでは言うつもりはないが)

まあ、僕は男なので、女心なんて想像はできても結論は言えないんですけどね。

女性を傷つけ、女性に傷つけられる側の人間だしね(という謎の結論)

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