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某氏と某氏のやり取りで、音楽が魔法なのか云々でケンカになっていた。

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まあ、どうでもいい話だし、別にどちらの言い分の是非についても口を挟むつもりはないが、ひとつ気になることがある。

「音楽は魔法」なのだとしたら、その「魔法」とは、どういうこと、あるいはどういう状態を指すのだろうか?

あるいは「音楽は魔法ではない」というのであれば、そのときの「魔法」とはどういうものを指しているのだろうか?

これには少し興味がある。

例えば、である。

「スマホは俺の臓器」という場合、「いやいやいや、スマホは臓器じゃないでしょ?なんなん?おまえにとってはスマホって肺とか腎臓と同じなん?スマホ取ったら死ぬん?死なへんねんやったら臓器とちゃうやん?ってか、スマホ壊れたら内科とかいくの?え?うそやん?マジでいくの?やばない?自分、頭やばない?」

こんなツッコミしたら、完全にアスペ確定である。

当然ながら、ここでいう「スマホは臓器」は完全なる比喩であり、スマホは臓器である、と言えちゃうくらいにスマホと密着した日々を過ごしているということ、時間にスキマができたらすぐにスマホを触ってしまうこと、それくらいにスマホ依存であるとともにスマホは生きていくうえで欠かせないものであり、その大切さ具合が「まるで臓器のようである」ということを含意した比喩となっているわけだ。

少なくとも、この言葉を聞いて、誰も本気でスマホ=臓器なんて思ったりはしないと思う。

比喩であることなんてわかりきっている。

同じように「音楽は魔法である(あるいは魔法でない)」だって比喩なわけだ。

本質的には。

そして、それが比喩なのだとしたら、音楽と一般的な魔法に共通部分があり、それを=で繋いでもおかしくないとき、比喩としての効力が発揮されるわけだ。

つまり「魔法」という言葉には、どんな意味を託しているのかによって、この話は変わってくるわけで。

まあ、そもそも「魔法」なんていうふわっとした言葉に「厳密性」を求めることが変な話なわけだが、皆さんは「魔法」と聞けば、どんな連想をするだろうか?

例えば、ドラクエ的想像力で考えたら、魔法は「ホイミ」とか「ザオリク」に置き換えることができるかもしれない。

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あれだって、ひとつの「魔法」の形だ。

で、もし「ホイミ」や「ザオリク」のイメージとしての「魔法」を使って、「音楽は魔法である」と言い切るのだとしたら、おそらくこんなイメージが想定されるのではないかと思う。

「音楽とはホイミのように見えない傷を癒すものであるし、日々の仕事や学校生活に忙殺されて心が死んでいるとき、ザオリクのように生き返られせてくれるのはいつも音楽である。ホルモンのぶっ生き返す的な」

こんなメッセージになるのではないかと思う。

この考え方なら、「音楽は魔法である」の比喩も納得できる人が多いのではないか?

では、違う角度で「魔法」を考えてみよう。

例えば、「魔法」というのは「ホウキで空を飛ぶ」とか「カボチャを馬車にするもの」というものというイメージで考えていけば、どうなるだろうか?

こういった魔法のイメージは最終的に「人間の力も科学も超えた凄い能力」みたいな意味合いになると思うし、そういう意味での「魔法」を音楽で結ぼうとすれば、確かに「音楽=魔法ではない」という主張の方が説得力が出るかもしれない。

音楽を信じたからといって劇的に生活を変えることなんてできないし、音楽にすがれば好きな人に愛してもらえるようになるかと言えば、そんな甘い話は聞いたこともない。

本質的には、音楽だけであなたの生活を簡単に変えることなんてできない。

それこそ魔法のように、簡単に目に見える効果を与えることなんてできないのだ、音楽には。

音楽なんてちっぽけなもので、人によっては何の役にも立たないものなのだ。

つまり「音楽は魔法ではない」のだ。

けれど。

人にちょっとした勇気や希望を与えることなら音楽にはできるし、そのちょっとした勇気や希望がきっかけで「自分を変えるための一歩」を踏み出させることはできるかもしれない。

音楽は魔法ではないけど、無力ではないんだ。

音楽には魔法のような「わかりやすさ」はないけれど、無限の可能性は秘めているんだ!!!

なんて主張になれば、また意味合いも大きく変わるかもしれない。

まあ、両者がどういう想いをもって「魔法」という言葉を使ったのかについては、僕は知らないし、各人のSNSの丁寧に読めばそれがわかるのかもしれないが、それはやりたい人がやればいいことだと思う。

ただ言えるのは言葉には往々にして齟齬が生まれるということである。

ましてや、比喩であればなおのことだ。

そして、生まれてしまったチグハグを氷解させるのも、両者がその比喩をどういう設定で使ったのかを理解するのも、結局は同じように言葉を通じてしかできないということである。

人間は長い歴史を有する生き物になってきたけど、なんだかんだで人と人が理解するもっともシンプルなツールは言語であることは、この1000年以上変わっていないように思う。

そして、言語がなければ、基本的に「相手の考えてること」は理解できないことも変わっていない。

だって、LINEスタンプだけで、気持ち伝えるなんてなかなか指南の技だと思う。

LINEスタンプで告白できる人間がいるなら教えてほしい。

そう考えると、言葉こそが人間の作り出した魔法だよなーって気もするので、そういう意味で、音楽は魔法なのかもしれない、なんて僕は思ったりする。

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