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ONE OK ROCKのTakaがインスタで一部のファンについて言葉を述べたとき、あるいはSiMのMAHがTwitterなんかで観客のモラルやマナーについて言葉を述べたとき、ネット上で「奴らは天狗になった」と悪態をつくような言葉を述べる人間が少なからずいる。

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あるいは健さんがラッシュボールでブチ切れたときも、これまたSiMのMAHが男鹿でファンの暴れ方に苦言を呈して「faith」で強制的にライブを終わらせたときも、奴らは天狗だからこんなことするのだ、そのときの客が気に入らないからって不満を露わらにしてライブするなんて天狗のすることだ、みたいな言説がチラホラ散見された。

おそらくこういう事を言う人というのは、バンドマンはファンに支えられてメシ食っているわけであり、そんな人間がちょっとやそっとのことでファンの一挙手一投足について語り、挙句不満を述べたライブのパフォーマンスに影響を与えるなんて傲慢であり、プロとして失格であり、そんなにそういうのが嫌ならバンドをやめろよ、と言いたいのだと思う。

確かに、感謝するべきファンに対して、理由があるとはいえ、説教したり苦言を呈したりするなんて納得がいかない、という意見が出てくるのもわからなくはない。

金を払っているのはこっち側なんだから払った分だけ楽しませてもらう筋合いはあっても、とやかく言われる筋合いなんてねえじゃねえかという指摘もわからなくはない。

また、苦言を呈するにしても、10-FEETのTAKUMAみたいに、誰も悪者にしないような、極力角の立たないような言い方をすれば、聞く耳をもつ人もいるのかもしれない。

が。

それにしたって、そういう姿勢を「天狗」と称するのは、あまりにも捉え方として誤っているように感じる。

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ファンが喜ぶ言葉だけを吐いたり、ファンに好かれるような言葉だけを言う方が正直簡単だろうし、楽だろうし、仕事として考えたらそっちの方がよっぽどか生産的である。

けれど、それじゃだめだという責任感や使命感や危機感があるからこそ、罵られる対象になるリスクを負ってでも、いちいちファンに対して
色んな言葉を投げかけるのである。

その姿勢の根底にあるのは「天狗」とは真逆のものだと思うのだ。

じゃないと、こんなこと面倒臭くてとてもじゃないができないと思うのだ。

もちろん、人気が出てきたからこそ、こう言う言葉を述べているというのはある。

でも、それは天狗だからとかじゃなくて、ほんのちょっとだけ売れる前よりも自分の言葉に影響力が出てきたことに対する責任感から生まれた意識だと思うのだ。

なにより、しんどくても言わないと変わらないことがわかっているから、槍玉にあげられたとしても言葉を紡ぎ、ライブのパフォーマンスにも反映したりするわけだ。

ライブという環境的な点でも、日本の音楽の豊かさに関しても、たくさんの問題意識を持っているバンドほど、槍玉にあげられそうな言葉をSNSなどを通じて発信しているような気がするし、自分とその周りさえよければそれでいいと思ってるような輩は、余計な言葉は言わないように身の振りを弁えているような気がする。

だから、彼らが発信している言葉のひとつひとつの言うことは聞きましょうね、という話ではなく、この記事で言いたいのは「俺たちはお客様であり、お客様は神様だ」みたいなアホな目線からの批判・批評はやめて、もっと別の角度から発信される言葉を吟味してもいいのではないか、という話である。

そういうことの積み重ねが、結果、大きく何かを変えると思うのだ、という話なのである。

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