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メタルの音楽が全部同じに聞こえる人もいれば、ミスチルの音楽が全部同じに聞こえる人もいる。

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要は、人は「自分の好きな物」や「自分と近い距離にあるもの」は細かな違いに気付けきやすいし見分けられるけれども、「自分の関心のないもの」や「自分と遠い距離にあるもの」の違いには気付けないし聴き分けられないという話。

ちなみに僕はAKB48のメンバーの区別がつかない。なぜなら、AKBが「自分とは遠い距離にあるもの」だからだ。

いやでも、ほんとにそうなんですよ、これ。

しかも、これ。自覚症状なしで起こることも多い。

例えば

昔はロックミュージックが大好きだったおっさんなんかに、今のインディーバンドの音楽を聴かせたりすると「どれも一緒やん」と、腑抜けことを言ったりする。

そのくせ、自分の青春時代によく聴いていたバンドに関しては(傍目からは同じように聴こえるバンドでも)真逆なことを言う。

曰く、俺たちの青春時代のバンドは色んなタイプのバンドがいたよな〜なんて悦に浸りながら。

仮にであるが、今のインディーバンドを細かく聴き分けることができる若い子に、おっさんが青春時代によく聴いていたバンドを聴かせたとしても、きっとその若い子はおっさんと同じ反応をするはずだ。

どれも一緒やん、と。

良いとか悪いとかではなく、人って「遠い距離にあるもの」に関しては、そういう反応をしがちだという話。

ロックならともかく、ラップミュージックとか、R&Bとかクラシックとか、エレクトロニカとか、自分にとって「遠いもの」になると違いがわからなくなるのだ。

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そして、音楽以外でもそれはある

実はこれ、色んな分野に当てはまる話で、先ほど僕が話に出した「人の顔」でも同じことが言える。

例えば、日本人なら日本人の顔に関しては細かな違いに気付くことができるけれど、これが外国人だと、人の顔の違いに気付きにくくなってくる。

同じアジア人ならまだなんとなく中国人とか韓国人とか日本人の顔の違いが分かったりするんだけど、これが白人だったり黒人だったりすると(日本人の我々からすれば)「どれも同じ顔に見える化」が進んでいく。

黒人をみて、この人はどこの国の人でしょ?って当てられますか?僕は正直無理です。「自分と遠い距離にあるもの」に対する知覚なんてそんなものだよ、という話。

それでもまだ人間同士であれば、なんとなく「顔が違う」という事実くらいは認知できる。けれども、それが犬とか猫とかになれば途端に見分けが難しくなる。

同じ種の犬の顔をみて、どっちがどっちと判別できますか?僕は正直無理です。

それでも、まだ犬や猫ならなんとなく個々の顔の違いが区別できる人でも、より「自分から遠い距離にある生き物」になれば、違いを見極めるのは困難になり、どれも一緒に見えてきてしまう。魚とか虫とか植物とか・・・。

どんな人でも、絶対どこかのラインで「区別ができないライン」が現れてくるはずだ。

なぜそうなるのか?

「分かる」という言葉をみてもらったらわかるとおり、人間が「分かる」と感じるためには、ふたつのものを「分ける」必要がある。

分けることができる物事は分かるし、分けることができない分野は分からない。そして、生きるために分かる必要のある分野は細かく分けられるように脳が進化していくし、分ける必要のない分野は物事を単純化して整理しやすくするため、「分けられなく」していく。

話を戻そう。

ミスチルの違いは分かるのにメタルの違いは分からない人は、ミスチルの音楽の良さは「分かっていた」けれど、メタルの良さは「分かっていなかった」から、そういう反応になった。

なぜそういう反応になったのかと言えば、その対象を「分けること」ができなかったから。

「分ける」ことができない分野の音楽はどれも同じに聞こえるし「分けられない」から良さも認知できない。

それはメタル全般にも起こりえるし、ミスチルの音楽にも起こりえるという話。

誰かの沼を誰かが理解できないのは、そういう理屈なのだ。

逆に言えば、僕たちが推しバンドの話を門徒外の人に話す必要がある場合は、どのように話せば「分けること」ができるのかを考えてみたら、意外と他人に理解してもらえたりする。

「分かる」は無理でも「解る」はありえるのだ。

まあ、だから自分にとって関心のない「沼」の話をするときほど、しょーもないことで喧嘩をしないこと。

「分からない」ときほど「解ること」を大事にしましょうよ。そういうことが大事だよ、というそういう話である。

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